運動が得意な人は大活躍できる体育祭。でも、苦手な人にとっては苦痛に感じることも多いようです。高校生のhoneckyさんは、足が遅いことがコンプレックスでしたが、友達との出会いで自分を変えることができました。彼女を変えた、友達の一言とは。

「あいつが抜かされたせいで」と言われてつらい

私のコンプレックスは、足が遅いことです。

運動会や体育祭のリレーなどで「あいつが抜かされたせいで」と言われるのが本当につらく、けがをして走れなくなればと考えたこともあります。

小学3年生のとき、私は病気になりました。退院してからも運動は禁じられていたので、その年はマラソンをしなくてすみました。ラッキーだと思いました。大嫌いな運動をしなくてよかったし、みんなが足の遅い私を待たなくてよかったから。

体育祭で運動場に掲げられたスローガン

足が遅い友達は体育祭を楽しんでいた

中学生になり、私と同じくらい足の遅いクラスメートに出会いました。でもその友達は、体育を楽しんでいるように見えました。私はその友達と、意気投合して仲良くなりました。

体育祭の季節になって、クラスでリレーの作戦会議がありました。そのとき、足の遅い人として、私と友達の名前が上がりました。私は、何も言わないでおこうと思いました。でも友達は、積極的に意見を出していました。

私はなぜ友達がそんなふうにできるのか、疑問に思いました。そして、体育祭は嫌いじゃないのかと尋ねました。すると「嫌いじゃない。みんなで何かをするのは楽しいと思っている」と答えたのです。私には理解できませんでした。

得意なことを一生懸命やればいい

そんな私に、友達が言ってくれました。

「私は、走るのは苦手だけど、作戦を考えるのは得意。走るのが苦手だからこそ、作戦会議でみんなの役に立ちたい。せっかくみんなで、優勝っていう一つの目標に向かって団結するんだから、一人一人が得意なことを一生懸命やればいいんじゃない」

その時から、私は、自分がやりたくない不得意なことに対しても、自分にできることを見つけて頑張れるようになりました。

足りない部分を補い合いながら生活することが大切(写真はイメージ)

人は、みんな弱い部分を持っているものだと思います。だからこそ団結して、足りない部分を補い合いながら生活していくことが大切だと感じています。(honecky=2年)