理化学研究所の研究チームが「113番元素」を発見したことが、2015年12月、国際的に認められ、6月9日には、研究チームによる名称案「ニホニウム」が発表された。アジアの国の研究者が新元素を発見したのも命名権を得たのも初めてだ。9年で約400兆回という途方もない衝突実験を繰り返した成果だ。研究チームのリーダーを務めた森田浩介先生に高校生記者が、研究の舞台裏や科学の道に進みたい高校生へのアドバイスを聞いた。
(聞き手・高校生記者 前田黎、山本)
プロフィール 森田浩介 もりた・こうすけ 1957年、福岡県生まれ。大分県立別府鶴見丘高校卒業。九州大学理学部物理学科卒業、同大学院理学研究科物理学専攻博士課程満期退学。84年に理化学研究所サイクロトロン研究室に研究員補として入所し、91年に研究員となる。超重元素の合成によってできた新たな原子核のみを分離する装置GARIS(ガリス)の設計を手がけ、93年に九州大学で博士号(理学)を取得。現在は理化学研究所仁科加速器研究センター超重元素合成研究グループのグループディレクター。2013年から九州大学理学研究院の教授も務める。
7回ふられた高校時代
──どんな高校生でしたか。
森田 ハンドボール部と化学部に所属し、生徒会長をやって文化祭などの行事にも打ち込んでいました。いろいろなことをやっていたから友達も多かったですね。物理を習い始めると、問題を解くのが楽しくて、「これほど面白いことはない」と夢中になりました。「将来は物理を仕事にしたい」と考え始めたのは、高校生のときです。
──高校時代の印象に残っている出来事はありますか。
森田 同級生に7回ふられても告白し続けたことかな。この恋は高校時代には成就しなかったのですが、縁あって彼女とは大人になってから結婚することになりました。
起伏のある20キロくらいの道のりを走ったマラソン大会も印象に残っています。最下位に近いあたりを走っていたら、棄権した人を乗せるバスが近づいてきて、先生が「無理なら乗ってもいいぞ」って声をかけてくれたんです。でも、「いや、走ります!」と言って完走しました。粘り強いというか、あきらめが悪いんですよ(笑)。
「何も起きない実験」に慣れる
──9年間で元素が合成できたのは3回だけという困難な実験に取り組む上で、どんなことを心がけましたか。
森田 僕たちの実験では、何も起こらないのが日常であって、それが苦痛になってしまうと実験を続けることができません。113番元素の場合は、合成が成功するまでに時間がかかることは予想できていたので、まずは1日に3〜4回程度は成果が得られる108番元素の合成の再現実験からスタートしました。
──なぜ、既に見つかっている元素の合成を再現する実験から始めたのですか。
森田 チームのメンバーが「何も起こらない」という状態に慣れるためです。108番元素の次は、110番元素と111番元素の再現実験にも取り組みました。110番元素なら3日に1個程度の割合で成果が得られるのですが、6日で1個のときもあり、ペースは一定ではありません。最初は3日待って何も起こらないとみんな不安になりますが、続けていくうちに、実験の条件さえ整えて待っていれば結果は得られることがわかってくるわけです。すると、さらに日数がかかる113番元素の実験でも、「待っていれば絶対に来る」と思えるようになります。
チームが明るければ大丈夫
──実験で行き詰まったとき、乗り越える秘訣(ひけつ)はなんですか。
森田 一番よくないのは、「これだけ結果が出ないなんて何かが間違っているんじゃないか」と疑心暗鬼になってしまうこと。そうならないためには、装置の調整などに関しては担当者のほかにも別の人が何回も厳しくチェックして、「やれるだけのことはやり切った」と言い切れるようにすることが大切です。その実感があれば、「自分たちのチームは正しいことをやっている」と信じられるようになります。
なかなか結果が出ないときも、僕は神社に113円のおさい銭を納めながら、信じて待ち続けました。チームで「うまくいかないんじゃないか」と暗くなる人が1人いたとしても、「絶対に成功するよ」って明るく言える人が一人以上いれば大丈夫なんですよ。
国際競争、日本の強みは
──外国のチームと新元素発見を争う中での、日本の強みはどのようなことですか。
森田 ドイツやアメリカ、ロシアといった国々は、これまでに新元素を見つけた実績があります。日本は追いかける立場にいるからこそ、上り調子のチームならではの勢いがあるように思います。
僕たちのチームが実験を始めたばかりのころ、ドイツが既に見つけていた元素の再現実験に成功したことを国際会議で報告すると、ドイツのチームは大人が子どもの成功を喜ぶように、温かい拍手を送ってくれました。でも、僕たちの実験の精度が上がり、ドイツのチームよりも短期間で多くの元素を生み出せるようになると相手の目の色も変わってきて、今では激しい争いをしています。ロシアの研究者とは交流があり、個人的に親しい人もいます。研究所の単位ではデッドヒートを繰り広げていますが、研究者としては信頼していますから「ライバル」という意識はあまりありません。
科学の世界では一番になった人しか認めてもらえないので、競争は厳しいです。でも、自分たちが世界のトップ争いをしているということ自体は気持ちいいですね。
──実験を成功させるには、粘り強さのほかに何が必要ですか。
森田 僕が取り組んでいるような実験は、装置の力がすべてと言っても過言ではありません。世界初の発見をしたいのであれば、世界一の装置をつくらないといけない。だからチームのメンバーには、ものづくりが好きだという人が大勢います。
僕自身も小学生のころから鉱石ラジオや飛行機を作ったり、大学時代には4足歩行ロボットをつくったりと、ものづくりは大好きでした。料理をつくるのも好きですね。実験や観察が好きな人はもちろん、ものづくりが好きな人も科学者には向いていると思いますよ。
科学に必要な「書く力」
──科学を学ぶ高校生にとって大切なことは何ですか。
森田 「これは何だろう?」「どうしてこうなるんだろう?」という好奇心を大切にしてください。いろいろな現象を見て驚いたり、不思議に思ったりする心こそが、科学の種になります。そういう心を育てながら、素直な目で物事を観察することが重要です。
もう一つ大切なのは、客観的な文章を書く力を身に付ける国語教育を受けることです。科学のリポートで、事実と自分の意見をきちんと分けて書けるようになるには、書く訓練が必要です。科学では論理的に考えることが不可欠で、「こういうことがわかった」という事実と、「だからこうなのではないか」という推論との間に矛盾や飛躍があってはいけません。
論理的な文章の書き方を若い人たちに教育することで、論理的思考ができる人が増えれば、それは国全体の力を高めることにもつながります。
暑苦しいほどの熱意を
──最後に高校生へのメッセージをお願いします。
森田 若いころは二度とないから、好きなことをやってほしいですね。好きなことがあるっていうのは、それだけで一つの能力なんですよ。そして暑苦しいくらいの熱意を持って、自分が燃えることで周りの人を巻き込んでいってほしいと思います。チームの中に誰か一人でも熱い人がいると、周囲もその人の思いに共鳴して熱くなり、チーム全体で大きな力を発揮できるようになるはずです。熱くなること、そして愚直であること。それを心がけてほしいと思います。(構成・安永美穂)
発見までの歩み
400兆回衝突させて、合成は3回
「まさに、『キター!』という感じでした」。113番元素の人工合成に成功した瞬間を、森田先生はそう振り返る。
元素とは、物質を構成する基本的な要素。天然のものと人工のものがあり、これまでに118種類が見つかっている。113番元素は森田先生の研究グループが発見者であることが国際的に認められ、命名権が与えられた。名前の案は提出済みだ。
森田先生のグループは、原子番号30の亜鉛のビームを、加速器を使って秒速3万キロで原子番号83のビスマスに当て、核融合反応を起こすことで113番元素を生み出した。この元素ができる確率はとても低く、9年間にわたる実験で約400兆回も亜鉛とビスマスを衝突させ続けたが、113番元素ができたのはたった3回だ。
2004年と2005年に1回ずつ合成に成功したものの、「データが十分ではない」との理由で、その時点では認定に至らなかった。2012年に3回目の合成を確認し、より確実なデータを提出。ロシアとアメリカの共同研究グループも別の方法で合成に成功したと発表していたが、日本チームの成果がより信頼性が高いと判断され、113番元素の発見者と認定された。
チームの力でつかんだ快挙
実験には計48人のチームで取り組んだが、1回も元素の合成に立ち会うことなく研究室を去ったメンバーもいる。「合成を成功させるには、優れた装置とともに体力と忍耐力のある実験メンバーが必要。この成果は決して僕一人の力によるものではなく、大勢の協力があって成し得たものです」と、チームでの発見であることを森田先生は強調する。実験中は、いつ装置が故障しても対応できるよう、メンバーが12時間交代で装置に付きっきりになり、合成の瞬間を待ち続けたという。
日本発の元素が周期表に
「113番元素は1000分の2秒でほかの元素に変わってしまうため、すぐに何かの役に立つとは言えない。ただ、こうした基礎研究は、長い目で見れば科学の発展に結びつく。将来を担う若い人たちが教科書で元素の周期表を見たとき、日本が見つけた元素があることで理科を好きになってくれればうれしい」と森田先生。現在は、新たな119番と120番元素の合成を視野に入れた研究に情熱を注いでいる。
取材を終えて
森田先生の言葉で一番印象に残っているのは、国語教育の問題だ。「テクニカル・ライティング」の力を育むような教育が、日本では不十分だという。研究論文やレポートなどでこの能力が問われる。事実と自分の考察を、はっきりと区別しなければならないからだ。しかし、今の国語教育では、その方法を、ほとんど教えてくれない。
外国人観光客が増え、4年後には東京オリンピック・パラリンピック。私はこの取材の前は、「英語を学べば、人は、日本は豊かになる」と思っていた。しかし、経済などが一時的に「豊か」になったとしても、科学分野を含め多くの分野では長期的に豊かになるとは言えないように思う。この対策としては、教師の質の向上も考えられるが、私たち高校生の「学ぼうとする意欲」が最も重要だと思う。「グローバル化」への対応を目指すからこそ、英語教育とともに国語教育について考えていくべきなのではないかとも思った。
(前田黎)
(高校生新聞2016年6月号掲載記事に加筆)