地震などの災害時、壊れた建物に取り残された被災者を探す「災害救助犬」を、相原高校(神奈川)の生徒たちが育て、訓練に励んでいる。365日休むことなく訓練しているという、災害救助犬と生徒たちの日々を取材した。(文・写真 中田宗孝)

的確に指示出し、即座に応じ

「ナッツ、あと(後)!」

凛とした口調で、「犬プロジェクト」部長の齊田花奈さん(3年)が指示を出す。災害救助犬のラブラドールレトリバー・ナッツ(メス・8歳)は彼女の左側にピタリと寄り添う。常歩(普通に)、緩歩(ゆっくり)、速歩(早く)といった齊田さんの歩調に合わせて歩みを進める。「待て」「伏せ」「お座り」などの指示出しにも、ナッツは素早く応じる。

「これらは『服従』の基本の動きで、災害救助犬のハンドラー(訓練士)としての練習を始めた1年生が最初に取り組む訓練です」(副部長の髙𣘺優里亜さん・3年)

災害救助犬を従わせ脚側行進させる部長の齊田さん。この訓練がハンドラーとしての第一歩だ

相原高校の畜産科学科では、農業クラブ活動として牛や豚などの動物を生徒が校内で飼育している。その活動の一つ「犬プロジェクト」に所属する生徒たちは、災害救助犬の育成と訓練に励んでいる。

「私は犬が好き。相原高校へ入学した理由の一つが、災害救助犬がいたからなんです。生徒はナッツのお世話のみ行うと思っていたのですが、実際は生徒自身がナッツを訓練すると知り、すごく驚きました」(齊田さん)

災害救助犬ナッツは、教職員や在校生から可愛がられる学校のアイドル的存在だという(学校提供)

365日休みなく世話と訓練

災害救助犬とは、人間以上の優れた嗅覚を生かして、自然災害などで倒壊した建物のがれきや土砂の中から生存者を探し出す捜索活動を行う犬のこと。主に警察や民間団体で災害救助犬の育成が行われており、災害現場でも動きまわれる特別な能力を備える。災害救助犬の活動総数の全国統計はないが、全国各地に災害救助犬の派遣を行う「NPO法人災害救助犬ネットワーク」では、現在9頭の災害救助犬が活動している。

相原高校の「犬プロジェクト」のメンバーは現在12人。さまざまな訓練にナッツとともに取り組み、災害救助犬のハンドラー(訓練士)としての技術を磨く。授業のある平日は、朝の訓練、昼休みにナッツの散歩、放課後に訓練。休日や長期休み中も、シフトを組んで登校し、ナッツの世話と訓練を365日休みなく行う。下級生メンバーに、ハンドラーに必要な技術を教えるのは上級生。毎日の訓練メニューも自分たちで考える。

災害現場での活動を想定した「環境訓練」。足場が揺れる板を渡ってバランス感覚を養う「ブリッジ」を行う

指示に従うまで1年「先輩の言うことは聞くけど…」

災害救助犬の服従訓練は、一見するとペットの犬のしつけと似ているが、人と犬の主従関係はより厳格だ。「ハンドラーの指示には確実に従ってもらう。私たちが意識するのは、人が犬にあわせるのではなく、人の動きや指示に犬があわせるようにさせることです」(髙𣘺さん)

齊田さんの指示にナッツがきちんと従うまでに約1年かかったという。「ナッちゃんは賢くて人をよく見てる。指示出しに慣れてない1年生だって分かるんです。先生や3年生の言うことはすぐ聞きます(笑)」(齊田さん)

ナッツに指示を出す齊田さん

ナッツは同校の災害救助犬としては2匹目で、初代はラブラドールレトリバーの災害救助犬スカイ。2008年、「働く犬について学びたい」という生徒たちの要望に応え、スカイがやってきた。その後、スカイは老衰で亡くなり、2017年に当時3歳のナッツを譲り受けて現在に至る。

犬プロジェクトのメンバーは、不定期に県内のドッグトレーニングセンターを訪れ、プロのハンドラーから技術指導をあおいでいる。過去の先輩メンバーの中には、校外の訓練所に通いつめ、ハンドラーの認定試験に合格した生徒もいるという。

齊田さんは、指導員から姿勢についての指摘を受けた。「指示を出すときに前傾姿勢になりすぎていると。それだとナッツとアイコンタクトがしっかり取れずに、意思疎通がうまくいきません。人の姿勢はピシッと正したまま、目線だけを犬に送る。そう変えたら指示がよく通るようになったんです」

ナッツの満足げな笑顔に喜び

訓練中、時折ナッツはニカッと笑うという。「口を大きく開けて目はキラキラで。そんなナッツの表情を引き出せた訓練ができたときは私もすごく嬉しい!」(齊田さん)

メンバーと災害救助犬ナッツの訓練の成果は、学校行事や地域の防災イベントなどで災害活動のデモンストレーションとして披露する。齊田さんは、「災害救助犬の存在を多くの方に知ってもらい、防災・災害への意識を高めることができれば」と語った。

農業クラブ/犬プロジェクト 

災害救助犬を扱うハンドラーの訓練を積み重ねる「犬プロジェクト」のメンバーたち

2008年ごろ発足。メンバー12人(3年4人、2年3人、1年5人)と災害救助犬ナッツ。初代の災害救助犬スカイは、校内外で数多く披露した災害活動のデモンストレーションの取り組みが評価され、2010年に「日本動物大賞」(日本動物愛護協会主催)の「功労動物賞」を受賞