私の父は転勤族です。今まで7回引っ越しをし、関東から九州、都会から田舎まで、さまざまな環境で生活してきました。小学校は5回転校を重ねてきました。今は父が単身赴任です。どんなことを感じて育ったのか、お伝えします。(高校生記者・sumomo=1年)

学校のルールが覚えられなくて

引っ越しのたびに困ったのは、学校と方言と習い事です。

7回引っ越しをして困ったことは…(写真はイメージ)

それぞれの学校によって、授業のはじめのあいさつ、日直、掃除、給食当番などのやり方が違い、なかなか覚えられなくて大変でした。転入してすぐは、私が早くなじめるように「○○さん教えてあげて!」という感じで、コミュニケーションが取りやすいようにしてくれた先生は多かったと思います。

学校までの道のりも覚えなければならないので、学校が始まるまでに保護者と一緒に通学路を散歩して、道を覚えられるようにしてくれました。

方言が難しい…意味が分からず困った

方言では、引っ越したばかりのころ、近所の方がせっかく話しかけてくださっても意味がわからず困りました。関東から関西に引っ越したときのことです。例えば、名前を呼んだとき、イントネーションが違うようで「なんか違う」という反応になることもありました。

他には習い事も、引っ越し後には近くに教室がなかったりするので、なかなか続けられずにいろんなことが中途半端になってしまいました。

都会と田舎で雰囲気の違いがあった

土地ごとに、雰囲気の違いがあるんだということも学びました。

なかなか友達ができず、つらいことも(写真はイメージ)

都会は転校生がわりと多いようで、話しかけてくれる人が多くてなじみやすかったです。反対に田舎はあまり転校生が来ないからか、なかなか受け入れられない感じでした。

小学校低学年のころは、話しかけてもキレた感じで返されたりして……泣いてしまったこともあり、つらかったです。私の主観、そして「なんとなく」ですが、関西は盛り上げ役な感じの人が多く、明るくて、楽しいクラスだったと思います。 

今でも年賀状を送り合う友達がいる

「どうせまた転校する」とわかってはいたけど、放課後に友達と遊んだりもしていました。小学校のころは、学校の校舎内で鬼ごっこをするのが好きで、10人前後でよく走り回っていました。もちろん先生には怒られますが。

今でも年賀状を送り合う友達がいて、仲はけっこう続いていると思うし、いろいろな人に出会うこともできました。

一番心に残っている思い出があります。図工で飛び出すメッセージカードのようなものを作りました。仲がよかった友達の作品がすごくかわいかったので、誰にあげるか聞くと「内緒」と言って教えてくれませんでした。

その答えが分かったのは、私が引っ越すとき。私のために作ってくれていて、プレゼントしてくれたのです。そうとは思っていなかったので驚いたし、うれしかったです。 

「転校が多い=人見知りがない」は誤解

転校が多いと人見知りがなさそうとか、初対面の相手と打ち解けやすそうと思われるかもしれませんが、私は逆です。初めて会う人には、話しかけてもらえたら話しますが、自分からはなかなか話せず、慎重になってしまいます。

人に対して慎重になってしまう(写真はイメージ)

私は多くの人と関わってきた分、「こんないい人もいる」「こんな優しい人もいる」「こんな面白い人もいる」ということを、たくさん知っているほうかもしれません。

しかし、「こんな意地悪する人もいる」「こんな怒ると怖い人もいる」「どうしても仲よくできない人もいる」ということも同じくらい知っているから、慎重になってしまうんだと思います。

全国にたくさん思い出がある

私は「出身はどこですか?」と聞かれたら、一番長く住んでいる今の場所を答えるでしょう。でも、生まれた場所でも小さいころを過ごした場所でもない。私は地元がどこか、あまり聞かれたくありません。

なぜなら、今住んでいる場所にも、かつて住んだ場所にも思い出がいっぱいあるからです。大変なこともたくさんありましたが、さまざまな地域、環境で生活できてよかったと思っています。

近所を散歩するとキジに出会ったり、朝、玄関のドアを開けたら約10cmの大きな蛾がいたり……など、自然豊かな場所もありました。

東京に近く、休みの日は都心に出かけられるような都会に住んでいたこともありました。住んだ場所の魅力がわかっていい経験になったと思います。テレビで以前住んでいた場所が映ると懐かしく思います。