阿部空也君(奈良・青翔高校2年)は、小学生のころから地元の高齢者や障害者に落語を披露している。これまで落語にどのように取り組んできたのか、落語の魅力は何かをじっくり語ってもらった。(文・写真 木和田志乃)

「おじいちゃん、おばあちゃんを喜ばせられる」

―落語を始めたのはいつですか?

僕に伝統芸能を習わせたいと思っていた母に、「落語はおじいちゃん、おばあちゃんを喜ばせることができるよ」と勧められたのがきっかけです。小1の秋、町主催の落語教室に通い始めました。

六斎亭空念仏こと阿部空也くん。芸名は自身の名前の由来となった空也上人が始めた踊念仏から付けた

小3になって、目標があったほうが稽古に熱が入ると考えて、宮崎で開催されるこども落語全国大会小学生の部に出場することにしました。

そこで思いもかけず、ビギナーズラックで決勝戦に出場することができたんです。このことで「自分は落語に向いている!」と感じて、モチベーションが上がり、熱心に取り組み始めました。

うまくいかない時は、逃げてもいい

―さらに中学1年の時には、こども落語全国大会中高生の部で最優秀賞を獲得しました。

それでも、順調だったわけではないんですよ。

受験をして入学した中学のクラスには昔からの友人がいなくって……。通学時間も長くなり、周りの環境が大きく変化しました。

メンタルが不安定になり、大会にも出場を予定していましたが、「お稽古、いやや。大会も行きたない」と、しばらく稽古ができない時期がありました。

―中学進学の環境変化に心が追い付かなかったのかもしれませんね。

ただ、期末試験が終わると学校生活にも慣れてきたのか、少し落ち着いてきたので大会に出場しました。

あまり練習できていなかったので、結果を気にしないで本番に臨むと意外にも調子がよかったんです! お客様にも笑ってもらうことができ、気持ちを立て直すことができました。不調を乗り越えさせてくれたのは、落語の力、笑いの力だと感じました。

豊かな表情で動作で話しにひきこむ

―落語が立ち直るきっかけになったんですね。

その後も、稽古には取り組めるのに、いくら台本を読んでも頭に入らない日々が続きました。

落語の感情表現がうまくできず、通常、新しいネタは3、4カ月で仕上げられるのですが、半年かけても仕上がらないことがありました。仕上がる直前までいきましたが、うまくいかず、初めて仕上げるのをあきらめました。

「うまくいかない時にはいい意味で逃げてもいい」ことを知ったのも転機になりました。お蔵入りになったこのネタは、大学生になって環境が変わったら再度、挑戦してみようと思っています。

客層に合わせてネタ選び

―大会以外では、落語はどこで披露していますか?

商店街でのイベントや高齢者施設、社会福祉施設などに出向き、ボランティアで披露しています。

今までに200回以上行っています。小5、中2の時は年に40回前後と特に披露の機会が多かったです。身ぶり手ぶりの動きが大きな演目、言葉遊びの要素があるネタなど、客層に合わせて選んでいます。

時々、評判を聞いて依頼してくださる施設もあります。僕の落語が高く評価されたということですから、そんな時は「よし!」とこぶしを握って喜んでいます。

―落語を通じて印象に残っている出来事を教えてください。

ある施設で、「動物園」という動物の動きの多いネタを披露した時のことです。

得意な演目は小1から取り組んでいる「動物園」

職員の方から事前に「(入所者が)笑ったり、体を動かしたりする様子はないかもしれない」と言われ、実際に演じている最中も目立った反応は見られませんでした。

しかし、終わった後に、入所者の方が高座に上がって僕の動きを真似しているのを目にしました。その時に「真似をしたい」と思わせる力が落語、笑いにはあると感じました。このことが最も印象に残っています。

―英語で落語をした経験もあるのですよね。

中学生が日ごろ抱いている思いや考えを主張する「少年の主張全国大会」に出場したときの副賞として、高1の時にパラオに研修に行き、英語で落語を披露しました。

現地の人たちとの交流の時間では、初めはなかなか言葉が出てきませんでした。ですが、キャンプファイヤーの時に中2から取り組んでいる英語落語を披露したことをきっかけに話がはずみ、一気に距離を縮められ、笑いに助けられました。

その時に交流した人たちとは今でも連絡を取り合っていますが、笑いは国や言葉を超えると感じました。

オンラインで師匠と稽古

―どんな稽古をしていますか?

小学生の頃は自分でメモを取れなかったので、母が書いた師匠の指示や稽古の様子を録画したビデオをもとに練習していました。小6からは、月に1回、大阪にある桂九雀師匠のご自宅に通って、稽古を付けてもらっています。

本番では師匠から贈られた白い無地の扇子を愛用。手ぬぐいは落語仲間からのプレゼント

最近はオンラインで見てもらっていますが、「表情などもはっきり見えて、オンラインは意外といい」と師匠は話していました。自宅では試験前などの忙しい時は除いて、夕食後に30分から1時間、台本を読んだり、実際に演じたりしています。夜9時までには終わるようにしています。

落語会に行ったり、DVDを見て演じ方を研究したりもしています。ついつい真似をしてみたくなりますので、特定の人に偏らないように、意図的にいろいろな人を見ています。

―落語のおもしろさとは?

聞くおもしろさ、演じるおもしろさ、ストーリーのおもしろさがあると思います。古典落語の場合、落語家によって1人1人キャラクターが違い、同じ話を演じても世界観が違うところにおもしろさがあります。

演じる側としては、笑ってほしいところでどっと沸くと「よっしゃ!」と達成感があります。お客さんとの一体感が爽快です。

落語は、「助けて、助けられる」というストーリーが多く、温かい心が垣間見えるところが魅力です。現代は近所付き合いが希薄ですので、一層興味深く感じられます。

どんな場面でも緊張しない

―落語を通じてどんな力が付きましたか?

10年落語を稽古してきているので、いろいろな力がついたと思います。

その中でもまずは記憶力。台本を読んで覚えることを繰り返しているので、覚え方のコツのようなものをつかんでいると思います。社会も英単語もすっと頭に入ってきます。

高校では生徒会長を務める。眼鏡はお客様から表情がよく見えるように高座でははずす

次にコミュニケーション力です。小1の頃は知らない人がいると泣いてしまうような人見知りの性格でしたが、落語を通じて大人と関わる機会が増えたことが大きいです。

笑いの様子でお客さまが感じていることをつかみながら話すのは、学校生活でも友人が笑っていても「疲れているのかな?」と感じられるようになるなど、非言語的なコミュニケーションに役立っています。

どんな場面でも緊張しない力も落語を通じて身に付きました。200回以上の高座を経験していますので、他の場面で緊張することがありません。試験でも120%の力を発揮できます。本番を意識するとスイッチが入ります。

台本には要点をメモ書き

―今後はどのように落語と関わっていきますか?

将来は天文や気象の仕事をしたいと考えていますが、落語もボランティアとして続けていくつもりです。落語から元気をもらっていますので。

Q & A 趣味はカラオケ、クイズ、サイクリング

―好きな教科は?

地学です。今年は新型コロナの影響で中止になってしまいましたが、地学オリンピック全国大会に出場予定でした。

―尊敬する人は?

冒険家の植村直己さんです。最期はマッキンリーで亡くなりますが、努力を惜しむことなく、好きを探究する姿勢がかっこいいと思います。

―趣味は何ですか?

カラオケやクイズ、サイクリングです。カラオケではゆずやGreeen、ボカロの曲を歌います。クイズは「みんはや」というアプリを通学の電車内で楽しんでいます。サイクリングは奈良盆地のどこまでも自転車で行きます。

―ほしいものは何ですか?

物欲がないんですが、強いて言えば勉強に集中することを継続する力、理数系を考える力でしょうか。

 

阿部君の1日のスケジュール

6:00起床

6:45出発

8:00学校着

8:30始業

16:00終業、生徒会活動

18:30下校

20:00帰宅、夕食

20:30落語の稽古

21:00入浴

21:30勉強

23:00就寝

(生徒会活動がない日は勉強時間が増える)