【あらすじ】上リ坂(のぼリざか)高校新聞部の3年生・篠田ヒロは、自分の学校がここ数年で進学実績を伸ばしている秘密を探るため、先生たちへの取材を始めた。廊下に貼られた紙が気になることが書いてあって……。
嫌いな勉強からは全力で逃げる!?
上リ坂高校の廊下には、学校に対して生徒から寄せられた要望や相談と、それに対する教職員からの回答が張り出されている。その中の一つに「勉強のやる気が起きません」という相談があり、用務員の岩﨑さんが「嫌いな勉強からは全力で逃げましょう」と回答していた。僕は俄然(がぜん)岩﨑さんに興味がわき、教務室に向かった。教務室には麦わら帽子とサンダル姿の、よく日に焼けた男性がうちわを仰いでいた。
――岩﨑さん、廊下に貼ってあった回答にとても興味があります。
「ああ、あれね。嫌いなことから全力で逃げないと、勉強が好きになれない自分は駄目だって、自己否定に走っちゃうからね。嫌いなことからは逃げるべきだよ」
――しかし、勉強は嫌いだけどやらなきゃいけないと思っている人に、嫌いなことから逃げていいって言うのは……。
「よく考えてみて。この子が一番イヤなことってなんだと思う?」
――勉強……じゃないのかなぁ……。
「いや、大学試験でうまくいかないことだよ。志望校に落ちると嫌だなぁと思っているから、勉強のやる気が出ないことに問題意識を持っている。ということは、勉強自体を嫌いになってはいけないんだ。そこで、勉強の好きな部分と嫌いな部分に因数分解して、勉強の嫌いな側面だけをなくす工夫が必要というわけ」
――勉強の嫌いな側面……?
「ああ。例えば、勉強をして成績が上がったり、できなかったことができるようになったりすることは、好きだよね?」
――はい。
「じゃあやっぱり、勉強のすべてが嫌いということではなく、勉強の一側面が嫌いということだ。例えば、手応えがないことに取り組むのは、誰しもストレスを感じるもの。成績が伸びている実感が持ててない、正しい方法で勉強しているのか半信半疑、といった状態では身が入らないね。だったら、正しい勉強方法を全力で探しにいったらいい」
――僕は、シンとしたところで勉強するのが苦痛なのかもしれません。
「それなら、リビングやカフェで勉強したらいい。じっと座ることが嫌いなら、立って勉強したって問題ない。やり方に正解はない。自分にとって心地よい方法で勉強時間が確保できていたら、それがベストさ。固定観念にとらわれ、それに適応できない自分を否定することを一番に避けるべきだね。……お、クライアントから電話だ」
岩﨑さんは実は、弁護士資格も持っている。学校の法務関連の仕事も一手に引き受けるスーパーな用務員さんでもあるのだ。急に忙しくなった岩﨑さんにペコリと頭を下げると、僕は記事作成のため部室に向かった。
(続く)
- ふなと・よしあき 東京大学理学部化学科卒業。学習参考書などを多数執筆。著書に「高校一冊目の参考書」(KADOKAWA)、「高校の勉強のトリセツ」(学研プラス)など。