インターネットで誰もが不特定多数に向けて自由に発信できる「1億総メディア時代」。さまざまなメリットがある一方、ある人物や企業の行為に批判が集中する「炎上」も頻発している。「ネット炎上」に加わるのはどんな人で、その動機は何なのか? 統計学の一種「計量経済学」を使って分析している山口真一先生に話を聞いた。(野口涼)

炎上の書き込みをする人はごくわずか

           「ネット炎上の研究」から抜粋(2014年調査、約2万人対象)

 

インターネットで情報発信するとき

 

6万人にアンケート

――なぜ「ネット炎上」を研究テーマに?

ネット炎上では、炎上した人の心が傷つくだけでなく、退学や内定の取り消し、企業であれば株価が下がるなどの実害が出ることがあります。さらに、より大きな視点で見ると、炎上から逃れるために「発信を控える=表現の萎縮が起こる」ことも問題といえるでしょう。

私が専門とする「計量経済学」は、物事を経済学の理論に基づいて統計学的に検証する学問です。集めたデータをもとに「要因の特定」「効果の検証」「将来の予測」ができるのが特徴です。こうしたスキルを使って炎上の実態を明らかにし、私たちは今後どうしていけばよいかを調査・分析したいと考えました。

――どうやって調査を?

2014年、16年の2回にわたり、合計6万人を対象にインターネットを使ったアンケート調査を実施し、統計分析を行いました。ただし、ネットアンケートでは回答者がヘビーユーザーに偏ってしまうため、NHKが調査したネット利用時間の世代別データを活用して、偏りを調整しました。さらに、ツイッターを分析して炎上1件当たりの参加者数を推計しました。

参加する人はわずか0.5%

――結果は?

ツイッターで50回以上リツイートされ、かつ「まとめサイト(特定のテーマに沿って情報を収集・編集したウェブサイト)」が作られるような炎上は年間1000件程度発生しています(エルテス社の調査による)が、実際に参加(炎上の書き込みをすること)しているのは1件当たり1000人程度。また、1年以内に1度でも参加したことがある人は、ネットユーザーのわずか0.5%(200人に1人)でした。

中でも炎上に参加しやすいのは「男性」「主任・係長クラス以上」という属性を持つ人で、参加の動機は6~7割が「正義感」。ネットのヘビーユーザーやいわゆる「引きこもり」が、ストレス発散や面白半分で参加するという世間一般のイメージとは異なっています。

さらに「ネット上では非難し合ってよい」「世の中は根本的に間違っている」「ずるいやつらがのさばっているのが世の中だ」といった特殊な価値観を持つ人が多く参加していることも分かりました。

今後は口コミやネット言論全体についても実証分析を行い、ネット上の情報の拡散について、ネガティブな面、ポジティブな面の両方から考えていきたいと思います

ネットもリアルと変わらない

――ネット炎上に関して、高校生にアドバイスしたいことは?

反社会的な行為を告白したとき、また、何かを批判したり、人を不快にさせたりしたときに炎上しやすいことをまずは覚えておく必要があります。ネットもリアルも変わりません。リアルで話せないことはネットでも駄目。良識のある言葉遣いを心掛けること、個人情報が特定できるような書き込みをしないことも大切です。さらに他人の価値観を認め、尊重しようという意識を持つことで、炎上の被害者になることはもちろん、加害者になることも防ぐことができるのではないでしょうか。

――高校生が研究でデータ分析をする際、気を付けた方がいいことは?

「自分が何を調べたいか」を考え、アンケート調査の対象を適切に定めることが大切です。また、データはどこをクローズアップするかで見え方が変わってしまいます。例えば、ある50年間の統計データについて、全体で見れば減少傾向にあるにもかかわらず、そのうち最近5年くらいのデータだけを切り取ると増加しているように見えてしまうなど、どう扱うかで事実とは異なってしまうことがあります。統計データを扱うときは、客観的・中立的であろうと心掛けてほしいですね。

 

【山口先生の本をチェック】炎上とクチコミの経済学

(朝日新聞出版、税込み1512円)
 炎上や口コミを科学的に分析。炎上の具体的な予防や対処法などを提示するとともに、ネット上での情報発信の実態を明らかにしている。
 
 
山口真一先生
やまぐち・しんいち
2015年慶應義塾大学大学院経済学研究科で博士号(経済学)取得。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター助教を経て、16年より同講師。著書に『ネット炎上の研究』(勁草書房)など。