講演する藤澤先生(4月21日、理化学研究所和光地区一般公開での特別公演)

私たちは見慣れた街を歩いている時、自分が今、最寄り駅からどのくらい離れた距離にいるのかを簡単に思い浮かべられる。こうした「空間認識」を自然に行えるのはなぜか? 4月21日、理化学研究所脳神経科学研究センターの藤澤茂義先生がその仕組みについて講演。脳がどう働いているのかを解説した。 (文・写真 中田宗孝)

脳の海馬が役割担う

藤澤先生の研究対象は、断面がタツノオトシゴの形に似ていることから「海馬」と名付けられた脳の器官だ。「空間認識能力や、空間認識に必要な記憶をつかさどっています。海馬には『場所細胞』と呼ばれる神経細胞があり、この細胞が脳内で自分の位置を認識する『地図』を構成する役割を果たしています」

脳の働きをマウスで実験

海外の研究者が場所細胞の働きを確かめる実験を行った。実験用のマウスを複数のコースがある迷路に挑戦させ、ゴールには餌を設置。1週間ほど繰り返し迷路に挑んだマウスは、餌までの道順を覚えただけでなく、コースの一部を封鎖しても、最短距離で餌までたどり着いた。

この結果から、マウスは餌までの道順を覚えているのではなく、迷路(環境)全体の地図を思い浮かべることができると判明。別の研究者がこの結果をもとに、海馬には大量の場所細胞がある、と研究で明らかにした。

他人の位置が分かる理由

こうした先行研究を踏まえて、藤澤先生の研究チームは、自分以外の他人(第三者)が空間上のどの位置にいるのか、自分がなぜ認識できるのかを解明する研究に取り組んでいる。

実験方法はこうだ。2匹のマウスを使い、T字路の分岐点の先にそれぞれ餌を用意した迷路に挑戦させた。すると、1匹目のマウスが餌にたどり着いたのを確認した2匹目のマウスは、反対側の道へと進み、餌を確保していた。

この実験を含む数多くの検証を重ねた結果、マウスの海馬の場所細胞は、自分の場所と他者の場所の両方を認識できることなどが分かった。「他者の位置を認識する神経細胞を私たちは『同時場所細胞』と名付けました」

今後は、このような他者の空間情報を認識する機能が、人間の社会での行動とどう関連しているのかを明らかにする研究なども進めていくという。

【理化学研究所】 日本唯一の自然科学の総合研究所。物理学や工学、生物学など最先端の研究が行われている。