矢野さんの一閃(いっせん)が静寂を切り裂き勝利を引き寄せる

漫画や映画の題材になるなど、多くの人を引きつける「競技かるた」。矢野杏奈さん(神奈川・日本女子大学附属高校3年)は、大学生や社会人も参加する「第48回全国女流選手権大会」(昨年12月、京都)で優勝を果たした。高校生の優勝は4人目。逆境でも気迫あふれる攻めのかるたが彼女の持ち味だ。(文・中田宗孝、写真・幡原裕治)

筋トレで体づくり

矢野さんは、高校のかるた部以外にも、名門かるた会「東京東会」に所属している。六段の実力者だ。敵陣の札を積極的に取りにいく「攻めがるた」を信条とし、「私の強み」と言い切る。「敵陣の札を先に取れれば、相手に与える心理的影響が大きい。私が先制されることもありますが、気落ちせずに1枚取られたら3枚取り返せばいい。気持ちでも負けない」と、逆境でも強気な姿勢は崩さない。

競技かるたは「心・技・体」全てが試される。1試合は1時間以上の長丁場。大会で勝ち上がると夜まで何試合もこなすこともあり、肉体的な疲労が蓄積されていく。「体力が必要。柔軟体操や腕立てなどの筋トレをしています」

畳に線引き素振り

小さい音に反応する聴力も大切だ。3歳から続けているバイオリンが力になっている。「(耳が鍛えられたので)読み手の声に素早く反応できます」

自宅の練習用畳には、赤いマーカーで72本の線が引いてある。これは自分の座る位置から、自陣と敵陣の札の角までの最短距離を視覚化したもの。「肩や肘の無駄な動きを減らし、札に真っすぐ手を伸ばすためのラインです。この上をなぞるように素振りを繰り返し、札を取る精度を上げます」。尊敬する永世クイーン・楠木早紀さんの練習法を取り入れたという。

相手に尊敬の念を持つ

かるたを始めたのは幼稚園のころ。ディズニープリンセスが好きな矢野さんに「百人一首には日本のお姫様がたくさんいる」と祖父が教えたのがきっかけ。

小学6年生から中学2年生まで思うように試合に勝てず、昇級できない時期が続いた。そんな時に支えてくれたのは東京東会会長の永世名人・松川英夫さん。「勝敗よりも対戦相手に尊敬の念を持つ。試合では諦めない」という言葉が響いた。「勝てばいいと考えていたし、札数に差がつくと試合中でも負けを意識した。それまでの練習にも真剣さが欠けていた」

かるたに取り組む姿勢を改めた後、スランプを脱して中学2年生の時にA級(四段以上)に昇級。2016年7月の「第4回白瀧杯女流かるた高校選手権大会」の3回戦では、自陣6枚、敵陣1枚の圧倒的に不利な形勢から逆転勝ちするなど、粘り強さを発揮し続け、大会2連覇を見事達成した。昨年12月には、競技かるたの4大タイトル戦の一つ「第48回全国女流選手権大会」で優勝を飾り、好調をキープする。

現在は10月から始まる最高峰の大会「名人・クイーン位戦」の予選突破を目標に掲げる。「競技者として、まだまだ道半ば」と謙遜しながらも、女流かるた選手の日本一の称号「クイーン」を狙う。今年、同じかるた会に所属する選手がクイーンの座から陥落。「今度は、私が会にクイーンの称号を取り戻したいんです」と、静かな闘志を燃やしている。

好きな札は「ながらへば」
やの・あんな】 競技かるたA級・六段。主な成績は、白瀧杯女流かるた高校選手権大会2年連続優勝など多数。第41回全国高校総合文化祭の小倉百人一首かるた部門(7月31日~8月2日)では、神奈川県チームの主将として出場。

Q&A

Q 高校のかるた部ではどのような活動をしていますか。

A 部内の研究グループ「平安かるた」のまとめ役です。10 月の文化祭で、百人一首の歴史や競技かるたを来場者に紹介したり、模範試合をしたりします。

Q 試合前の緊張のほぐし方は。

A 姿勢を正し、心臓に意識を向けながら深呼吸する「レゾナンス呼吸」という呼吸法で、高ぶる心を整えます。

Q 高校卒業後の進路は。

A 大学進学を考えています。脳のシナプス(神経細胞が接合し、信号を伝える部分)の成長について学び、科学的な考え方を自分のかるたに取り入れたいです。