- 【もとよし・よういち(写真左)】
- 1988年、国立極地研究所に入所。教授、理学博士、同研究所広報室長。地質学・岩石学の専門家としてこれまで計9回、南極観測隊に参加。うち3度、隊長を務める。
日本の南極観測の歴史は、今年で60年を迎える。人が簡単には立ち入れない極寒の地で観測や設営を続けてきた南極観測隊員たちは、これまでどんな研究や調査を行い、新発見をしてきたのか。また、今後は南極で何を明らかにするのか。第58次南極観測隊の隊長として活動し、3月に帰国したばかりの本吉洋一さん(国立極地研究所)に聞いた。(中田宗孝)
まるで地球のタイムカプセル
60年間で58回活動
──南極観測隊について教えてください。
南極で気象、オーロラ、地質、生物などの観測を行う人々のことです。日本は1957年1月に初めて観測して以来、58回観測隊を送り出しています。現在、越冬する隊員は30人弱、夏季だけ観測する隊員・同行者は約60人です。
研究者だけでは南極での生活ができません。料理人、医者、エンジニア、車の整備をする自動車会社の社員といった、さまざまな職種の人が設営隊員として観測隊に参加しています。20代前半の若い女性隊員もいます。
──なぜ南極を調査するのですか。
南極は人が暮らしていないため、氷、岩石、生物などの自然の保存状態がとてもよく、データが取りやすいんです。例えば、南極の氷の中に何十万前の空気が入っていることがあります。その空気を調べてみると、大昔の気候変動の様子が分かります。
南極は、いわば地球のタイムカプセルのような場所。そこで、過去の地球で起きていた自然現象の調査や研究を続けていくと、未来の地球環境はどうなるか、人の暮らしに何か役立つことはあるか、といった予測や対策が立てられるのです。
隕石を初めて発見
──日本の観測隊は何を発見したのですか。
主に2つあります。69年、南極で最初に隕石を見つけました。氷しかないやまと山脈(昭和基地から約300キロ南西の場所)の付近で9個の石が落ちているのを隊員が偶然発見したんです。拾ったのが地質学の専門家だったので、すぐに「これは隕石だ」と予見しました。これまで日本の南極観測隊は、現地で約1万7000個以上の隕石を発見し、現在、保有数は米国に次ぎ世界第2位です。
もう一つは、人体に悪影響を及ぼす紫外線を遮るオゾン層に空いた穴「オゾンホール」を昭和基地で観測したこと。人工的に作り出されたフロンガスがオゾン層破壊の大きな原因だと研究で分かり、全世界的にフロンガスの使用が禁止となりました。一時は南極大陸の約2倍の大きさまでに広がったオゾンホールですが、フロンガスの減少の効果なのか、現在、穴は小さくなっています。
──本吉さんが取り組んできた調査内容を教えてください。
私は地質、岩石学の研究者です。南極大陸は全体の97%が氷で覆われていますが、海岸線などには雪のない岩場の山地があります。そこの岩をハンマーで砕いて、サンプルとして日本に持ち帰るのが主な仕事です。90年代初頭、私たちの隊が採集した南極の石が、アフリカやインドなどの大陸の石とよく似ていると分かりました。この石は今から約5億年前のもの。つまりそのころは、大陸が地続きだったことの証明の一つになったのです。
重さ約30~60キロの石をリュックサックに詰めて背負いながら基地まで歩いて運ぶのは大変。極寒の南極大陸とはいえ、基地に着くころには全身汗だくです。でも、調査が目的通り進んでいると、南極観測隊のメンバーとして達成感を味わえます。
温暖化の動向、解明に期待
──南極観測隊による最新プロジェクトはどんな調査ですか。
世界で初めて南極で大型大気レーダーを設置して大気の動きを探る「PANSY(パンジー)計画」が始まっています。昭和基地に立てた約1000本のアンテナから電波を出し、南極上空約500キロの気温の変動、風の動きなどを観測します。2010年から工事が始まり、今は全てのアンテナの設置が完了して、気象学者や超高層分野の学者による研究が進められています。
地表付近の平均気温が上がり、地球温暖化といわれていますが、超高層では逆に寒冷化している部分があるんです。上空の大気を調べることで、これから地球温暖化やオゾンホールがどうなるのかを、より詳しく解明することが期待されています。