移動教室で一人残される、男子と話すと陰口をたたかれる……女子高校生が感じがちなそんな悩みや生きづらさを作品で表現したのが東京・千早高校演劇部。この春、初の全国大会の舞台に立った。(中田宗孝)

男子としゃべると女子から陰口…

「教室で男子と親しげに喋っていると他の女子から陰口をささやかれる」

「一生懸命メークしたのに『俺、すっぴんの方が好きだけどな』なんて男子の無頓着な一言……そんな男子に向かって『死ね!』」「誰かのためにメークするんじゃない。かわいくなりたいし同性からも良いメークだと思われたい」

「見えない女子の悩み」(原案・森岡水蓮、脚本・木原幸乃、松原琴音、神田朱)の1シーン 

女子たちの葛藤が、心の叫びが舞台に響きわたる。これは、東京・千早高校演劇部が昨年から取り組んだ作品「見えない女子の悩み」での一幕だ。劇中では、日常生活の中で女子高校生が感じる生きづらさや悩みを表現していく。

今作の原案を出した森岡水蓮さん(3年)は「学校生活で、友人関係で、それぞれの家庭で、高校生の女子が抱える悩みごとを題材にした演劇を作ってみようと提案しました」と振り返る。

「私たちの学校は生徒の8割が女子なので、身近にたくさんある女子の悩みを演劇の題材にできるのではと思ったんです。私自身、進級でクラス替えをしたら、今まで仲良かった友人と疎遠になってしまい、人間関係の変化を感じたこともあります」。劇中のシーンの数々は、部員たちが実際に体験した出来事だ。

それぞれ本人役として悩める女子を熱演

そして劇中、演者たちのせりふの中だけで何度も語られる「見えない女子」がいる。

「彼女は最近学校を休んでるけど、その理由は誰も知らない」「彼女、YouTuberになるんだって」「みんな気にしているようで彼女に興味がない」

この見えない女子生徒は、劇中で唯一名前が呼ばれる印象的なキャラクターでもある。部長の木原幸乃さん(3年)は、「劇の最後まで姿は登場しません。お客さんたちが『あの子、どんな人なの? 結局どうなったの?』と考えさせるような存在なんです」と、演出の工夫を語る。

私の席にほかの子が…「どいて」って、言えない

部では、テーマ(題材)を1つ決めて、全部員による「集団創作」で演劇作品を完成させる手法を取っている。今作でも少人数のグループに分かれて、「女子の悩みってなんだろう?」と、話し合いを重ねた。

「友達と話し込む他の子が教室の自分の椅子に座ってるけど『どいて』とは言えない」。こんな悩みがグループ内で挙がると、そのシチュエーションで他の部員に向けて即興劇(エチュード)を演じてみせる。その場でせりふや立ちふるまいに修正を施し、1つのシーンへと仕上げていく。

部員たちでシーンの演技プランを確認しあう

木原さんは「即興劇はめちゃくちゃ楽しい! 自分の中から自然に出てくる言葉が、せりふやシーンに採用されるとモチベーションに繋がります」と、集団創作のやりがいを話す。

「台本があって主役・配役を決めるのではなく、せりふもシーンも自分たちで考えていきます。なので、見せ場の多い目立つ役を演じたいと思えば、自ら積極的に集団創作に励んで、せりふや出番の数を増やすこともできるんです」(森岡さん)

一緒に移動、誘われない女子の焦り熱演

木原さんは「教室移動のときに誰にも誘われずに1人取り残される女子」の演技に苦戦したという。他の生徒たちからは「見えない女子」だ。

「普段の私は、感情の起伏を表に出すタイプではありません。でも演劇作品として、クラスメートの誰からも誘ってもらえずに焦る自分を、言葉や態度に表さないといけません。そんな心が揺れている演技が苦手で何度もやり直しました」

稽古中にさまざまな表現を試して納得の演技に近づけた。「このシーンの私の演技を『今の良かったよ』って褒められたときの感覚を忘れないように意識しました」

作品は実体験、泣きながら悩みを告白

一方、作品づくりは楽しいだけはなかった。今作で語られる女子の悩みは、部員の実体験に基づくが、制作当初は「悩みはないよ」と話す部員もいたという。「でもそれは違った。本人の自覚がなかったり、目を背けていたりする悩みがあるんです。そんな『見えない悩み』と向き合う時間でもありました」と森岡さん。

自分の胸の内に秘めていた悩みを部員たちに明かすには、痛みが伴った。つらい体験談を告白して涙する部員も……。「信頼できる部の仲間たち全員で悩みを共有してお互いに支えあって、乗り越えました」

マスクしたまま演技、この作品は「私たちの今」

部員たちは「見えない女子の悩み」の終幕までマスクをしたまま演技をする。劇中には、刻々と状況が変化するコロナ禍に翻弄された演劇部員の姿も描かれているためだ。

「地区大会本番での演技は無観客だったため、本番なのにまるでリハーサルのようで難しかった」(森岡さん)。「全国大会の出場校を決める関東大会が映像審査になってしまい、不安の中、結果を待ちました」(木原さん)

学年関係なく仲良しな部員たち

作品は高く評価され、3月に福岡県で開催された演劇部の全国大会「春季全国高校演劇研究大会(通称・春フェス)」(全国高等学校演劇協議会ほか主催)への初出場が叶った。出場が決まった日には、部員たちはグループ通話で喜びを爆発させた。

「部活中に起こった色々な出来事、自分の思いもすべて『見えない女子の悩み』に込めました。この作品は『私たちの今』なんです」(木原さん)

部活データ

2004年創部。部員11人(3年生7人、2年生4人)。活動日は週3日。2021年に出場した「第15回春季全国高等学校演劇研究大会(春フェス)」が初の全国大会。「普段の部の様子を見た方から『全員同じ学年かと思った』って。そう思われるくらい学年関係なく仲良しなんです!」(部長の木原さん)