皆さんは「歯医者さん」にどんなイメージを持っていますか? 中には「怖い」「痛い」というイメージを持つ人もいるかもしれません。歯科衛生士を29年続ける母に、仕事内容や仕事の魅力を教えてもらいました。(高校生記者・かんちゃん=3月卒業)
ドクターと患者の橋渡し
―具体的な仕事内容を教えて。
歯科衛生士は、主にドクターの指示のもと患者さんの口腔内を直接見ることができる仕事で、ドクターのサポートや口腔内のケアをしているよ。
患者さんの不安や心配事を聞いて、ドクターと患者さんの橋渡しをするのも歯科衛生士の重要な仕事なんだ。
―どこで、どんな人たちと仕事をしているの?
歯科医院で働いているよ。スタッフはドクターが5人、歯科衛生士が6人、歯科助手が3人、事務員が1人だよ。外科や矯正、一般治療などに分かれていて、ドクターと衛生士はそれぞれペアとなって、専門分野に特化した治療ができる医院になっているよ。
―1日の流れを教えて。
朝8時30分から9時の間で朝の準備をするよ。9時から13時までは午前中の診療。お昼休みを挟んで、14時30分から19時まで午後の診療をするよ。もちろん、診療の合間には休憩もあるよ。
知識、器用さ、会話力が必要
―この仕事を目指したきっかけは?
小さいころからお世話になっていた歯医者さんが、当時高校生だった私に、歯科衛生士という仕事をすすめてくれたことがきっかけだよ。
それ以来、歯科衛生士になりたい気持ちが強くなっていって、専門学校に進学したんだ。
―この仕事をする上での技術は何が必要?
歯に関する専門的な知識と、手先の器用さと、会話力が必要とされるかな。
私は矯正専門の歯科衛生士だから、この3点は特に求められることだよ。矯正を担当するからには、ドクターと同じレベルの知識が求められるし、ドクターのサポートも繊細な作業が多く、手先の器用さがとても重要なんだ。会話力も欠かせない。
患者さんはドクターに気を遣って本音を言えないこともあるから、患者さんの表情や仕草から感情を読み取って患者さんの気持ちに寄り添うことで、安心して治療を受けてもらえるように努めているよ。
―その技術をどう身につけたの? 学校で?
基本的な知識は専門学校で学んだよ。ただ、学校では学びきれないことも多くあるから、仕事をしつつ、勉強会などに参加して身につけたかな。会話力に関しては、実際に患者さんとコミュニケーションをとる中で身についていったよ。
医院の玄関に赤ちゃんが置き去りに…
―下積み時代で印象に残っているエピソードを教えて。
学校を卒業してから7年間、小児歯科専門の歯科医院に勤めたんだけれど、院長の優しさを強く感じたエピソードがあるよ。
ある日仕事を終えて帰ろうと思ったら、玄関に赤ちゃんが置かれていたんだ。院長にすぐ相談して警察に届けることになるだろうと思っていたら、院長が「必ずお母さんが迎えに来るから、ここで預かって待とう」と言ったの。
―どうなったの……?
私たちスタッフも院長と同じ気持ちで、しばらく待ってた。すると1時間後にお母さんが泣きながら赤ちゃんを迎えにきた。「ごめんなさい」「ここの医院は優しい人が多いから、何とかしてくれるだろうと思って、赤ちゃんを置いていってしまいました」と泣き崩れていたことが今でも思い出されるなぁ。
院長は優しい口調で「お母さんはちゃんと赤ちゃんを迎えに来たじゃないか。捨てたんじゃないよな。ちょっと疲れたから預けたんだよね。大丈夫、大丈夫」と言いながら、お母さんの背中をさすっていたんだ。院長の温かさや優しさに触れて、この医院に勤めている私は幸せだと思ったよ。
矯正で患者の自信を取り戻す
―この仕事にやりがいを感じる瞬間は?
歯科衛生士歴29年だけど、医療が進化する中いろんな知識を身につけ、今ではほとんどのことが理解できる歳になっているよ。ドクターは自分の子どもに近い歳の人が多く、頼られることも多いんだ。
矯正専門の歯科衛生士として10年ほど勤めているけど、歯並びが悪かった患者さんがきれいな歯並びになって、笑顔になってくれたときにやりがいを感じるよ。
患者さんの中には、歯並びのせいで笑えなかったり、自分に自信が持てなかったりする人が多くいる。その人たちが矯正治療をしている過程で変化して、笑顔になっていく様子を何度も目にしてきたんだ。
―患者さんの心にも寄り添っているんだね。
矯正の治療は年単位で行うから、患者さんとの信頼関係を築くことが何よりも大切になってくる。患者さんの歯並びの変化を最初から最後までそばで見ているからこそ、治療が終わったときには患者さんと共に喜ぶことができるんだ。
「親戚の人から『最近かわいくなったね』って言われたんです」などと患者さんから報告をもらうと、自分のことのようにうれしく感じるよ。これこそが「矯正を担当していてよかったな」と思える瞬間だなぁ。
コロナ禍でも安心して受診できる環境を
―この仕事の厳しさや、大変なところは?
今は新型コロナウイルスが流行しているから、患者さんに安心して治療を受けてもらえるような環境を整備することに特に気を遣っているよ。
滅菌や消毒、換気など、担当者を決めてこまめに行うようにしているんだ。以前よりも徹底的に消毒、滅菌作業を行っているし、スタッフ全員が朝のうがいや検温を欠かさずに行っているよ。スタッフルームでは密を避け、診療室に入るときには防護エプロン、ゴーグル、特別なマスクをしているんだ。
診療を開始するまでにかかる時間は長くなったなぁ。大変なことだけど、患者さんとスタッフの健康を守る上で欠かせないことだから、きちんと続けているよ。
―この仕事に向いているのはどんな人?
手先を使って繊細な作業をするのが好きな人、人と会話するのが好きな人がこの仕事に向いているよ。
患者と一緒に喜べる仕事
―この仕事の魅力は何だと思う?
私は矯正専門の歯科衛生士だから、患者さんが希望していたような歯並びになったときに達成感を感じるよ。治療が終わったときに患者さんと一緒になって喜べることがこの仕事の魅力かな。
また、地域に根ざした歯医者さんに勤めているから、患者さんと話す機会も多くあるんだ。患者さんの中には内科医や携帯ショップ店員など、幅広い職種の人がいるし、年代もさまざまなんだ。
歯に関する話はもちろんするけど、例えば内科医をしている患者さんには、私自身の身体の悩みを相談することもあるよ。患者さんが「あそこのケーキがおいしいよ」などと、地域の情報を教えてくれることもあるんだ。このように、幅広い年代や職種の人との交流ができることもこの仕事の魅力だよ。
―この仕事は将来、どんなふうに変わっていくと思う?
医療が進歩して、今は高額なインプラント治療がより身近なものになると思うな。矯正の分野においても、今よりもっとシンプルな方法で治療をすることが可能になってくるんじゃないかな。
「虫歯、歯並びを治す」「入れ歯を作る」という個々の治療だけでなく、それらを総合した歯科治療をすると、「しっかり物を噛む」ということが食べ物を消化するときの身体にかかる負担を軽減したり、脳を活性化したりするということなどを、世の中の人にもっと知ってほしいな。
そして歯科医院に来て、自分の歯をケアする人が増えたらいいなと思っているよ。
歳をとっても長く活躍できる
―この仕事を目指す高校生が今やっておいたほうがよいことって何?
まずは幅広い基礎学力を身につけることが必要だよ。
もし矯正などの専門分野に特化した歯科衛生士を目指すなら、歯科衛生士になってからもドクターと共に勉強会などに参加して、知識を深めることが必要とされるよ。
―働く場所は病院だけだよね?
衛生士が活躍する場は歯科医院だけではないよ。仮に一般企業に入社しても、歯科衛生士の免許を持っていると、活躍の幅が広がることがあるんだ。
特に優れた歯科衛生士の中には、フリーランスになって歯科医院を回って、他の歯科衛生士に技術向上のための指導をするような人もいるんだ。
―歯科衛生士は若い人の職業のイメージがあるよ。
決してそんなことはない! 歳をとってからも、老人ホームで歯に関する講演をしたり、市の検診に参加したりと、活躍できる場がたくさんあるんだ。
長年、医療人として地域の医療に携わることができるんだよ。歯科衛生士は器具の名前など覚えることが多くあるし、日々医療は進歩しているから、知識を更新し続けることが必須なんだ。だから、高校生のうちから積極的に学び続ける姿勢を身につけておいたほうがいいよ。
失敗のままで終わらせない
―お母さんは歯科衛生士を29年続けているけど、1つのことを長く続ける秘訣は何だと思う?
仕事をしていたら失敗したり、人間関係でつまづいたりして自信をなくしてしまうことがある。でも、失敗したからといって、失敗を失敗のままで終わらせてはいけないよ。
「失敗は成功のもと」という言葉があるように、次に失敗しないためにはどうしたらよいのかと自分なりに考えてみることが大切だよ。失敗したときは落ち込むかもしれないけれど、「今の自分が実践できる、最善の解決策」を考えることを最優先にして、失敗を乗り越えようとすることが大切だと思うんだ。
―人間関係で大変なことはない?
職場には気の合わない人もいるし、患者さんの中には理不尽なことを言ってくる人もいる。若いころの私なら、自分の意見を貫き通そうとして反論していた。
でも、反論しても逆に辛さが増してしまう。自分の意見を発信すること、つまり「話す力」も大切だけど、それ以上に「聞く力」が大切になってくると思うな。
私はまず、相手の話を聞いて、相手のことを認めるようにしている。たとえ相手が理不尽なことを言ってきてもね。それから、相手を全否定しないように少しずつ自分の意見を伝えるようにしているんだ。「失敗を乗り越えようとする強い心」と「傾聴力」を持ち続けることが、1つのことを長く続けるための秘訣かな。
【取材後記】母に育ててもらったことを誇りに思う
今回の取材を通して、母の仕事について詳しく知ることができました。各人の経験や適性に応じて活躍の幅を広げられるところに歯科衛生士という仕事の魅力を感じました。母が歯科衛生士になったとき、私はまだ生まれていませんでした。そう考えると、29年という期間は、とても長く感じられます。
小さいころに何度か、母の職場に行ったことがあります。そのとき見た母の姿は今でも心に残っています。母は患者さんの目を見て話し、患者さんの悩みには親身に向き合っていました。緊張している患者さんには優しく話しかけたり、子どもにはアニメに関する質問をしてみたりと、患者さんが安心して治療を受けられるように努めていました。
患者さんと共に治療後の喜びを分かち合ったり、地域の情報を共有したりというように、母は「人との交流」や「助け合い」を大切にしていることがよく分かりました。そんな母に育ててもらったことを誇りに思います。来年で歯科衛生士歴30年の節目を迎える私の母は、尊敬する人生の先輩です。母の考え方から多くのことを学びました。これからも元気に仕事を続けてほしいです。