8月7、8の両日、第1回全国高校教育模擬国連大会(主催・ユネスコ・アジア文化センター、全国中高教育模擬国連研究会)が東京都内で開かれた。全国の中高生約470人が各国の大使となり、「核軍縮」をテーマに議論をかわした。くしくも、核を巡って北朝鮮と米国の挑発の応酬が続く中での開催となった。(文・写真 田崎陸)
模擬国連の門戸広げる新大会、日本語で議論
模擬国連は、原則2人1組で参加し、各ペアは1つの国の大使役となり、その国の外交方針にのっとって会議に参加する。会議は、実際の国連総会と同じようなルールで進行される。
高校生の模擬国連の全国大会には、毎年11月に開かれる「全日本高校模擬国連大会」があるが、同大会の出場には書類審査があり、公式のスピーチや文書作成は英語で行われる。今大会実行委員長の飯田優太郎君(神奈川・浅野高校2年)は、「初心者にとって、いきなり全日本大会を目指すのは難しい」と話す。そのため、今大会では、門戸を広げ、応募者が誰でも参加できるようにし、ハードルを低くするため、日本語での議論とした。全国の高校生で実行委員会を組織し、メールなどで意見を交わしながら準備にあたった。
担当国の外交方針を調べて準備、大使館に連絡とるペアも
今大会には、高校生188チーム(398人)、中学生36チーム(73人)が参加。高校生はABCの3つの議場に分かれ、中学生は1つの議場で議論をかわした。
参加者は担当する国を選べない。約1カ月前に担当国を知らされ、議題に対するそれぞれの国の外交姿勢を調べることから準備を始める。新聞や本、論文を読み込む。議場Aで最優秀賞を獲得した山田健人君と飯野諒平君(ともに東京・海城高校1年)は、2人とも5冊の本を読み込んだ。2人はロシアを担当。「その国の方針だけでなく、議題自体を深く堀り下げた」と振り返る。取材した高校生の中には、駐日大使館に連絡を取ったところもあった。
しかし、中にはその国の外交方針を知るのに苦労する国もあった。北朝鮮だ。議場Cで北朝鮮を担当し、最優秀賞を獲得した松下智紀君と松下哲也君(ともに千葉・渋谷教育学園幕張高校1年)は、北朝鮮発の資料がほとんど存在しないため、過去の国連安全保障理事会の議事録を読んで、北朝鮮の外交方針をイメージしたという。
「北朝鮮」ペア、他国から避けられながらも立場訴え
会議の最終的な目的は、核軍縮について多くの国が合意する決議を採択することだ。そのために、全参加国を前にしたスピーチや、国同士の個別の交渉を通じて、同じ方針を持つ国々でグループをつくることから始める。議場Cで北朝鮮を担当した松下ペアは、「ほかのチームから敬遠されるのを感じた」という。北朝鮮代表だとわかると、ほかの国の大使がいなくなることもしばしばだった。決議の修正案を出すには、18カ国の賛同が必要だ。提出のため「核は自衛のための最小限であり、大国だけが持てるのは、不公平だ」と、北朝鮮の立場を訴えた。粘り強く説明すると、1日目の終わりには納得する国も増えた。
一方、議場B会場でイギリスを担当して、最優秀賞を獲得したのが仙頭颯馬君と山上陽君(ともに奈良・西大和学園高校2年)。イギリスは、国連安保理の常任理事国である5大国の中では核軍縮に比較的前向きなため、「リーダーシップを取りやすい」と思った。ただ、グループの中で主導権をほかの国に取られてしまったため、まずはリーダーの補佐に徹した。今回多かった、模擬国連初心者にも声をかける気配りを忘れなかった。
決議案めぐり厳しいやりとり
大会2日目、各議場では、前日にたたき台として出された決議案をめぐり、提案した国に他国から矢継ぎ早に質問が飛んだ。「何を根拠にこの記述があるのか」、「具体的に意味するところは」と、1つの文言に対して厳しい質問が出る。1対1の交渉では、動詞の表現も焦点になる。「『遺憾に思う』の表現は強すぎるので、『留意する』に変えてほしい」といった交渉が、時間ギリギリまで繰り広げられた。
最後に、出された決議案を採決にかけて、2日間に渡った会議が終了し、各議場で参加国の互選で最優秀賞・優秀賞が決まった。
C議場の松下・松下ペアが提出した決議の修正案は、受理されなかった。規定のページ数を超えてしまったためだ。それでも、結果は最優秀賞。2人は、「北朝鮮という難しい立場だからこそ、ほかのチームを説得するため、できるだけ多くの国と接触したからだと思う。ほかの国が、理解してくれたことに感謝したい」と謙虚だった。
イギリスを担当した仙頭・山上ペアは議場Bで最優秀賞に選ばれた。関西の模擬国連大会には参加経験があるが関東での参加は初めてだった。「関西は、席に座ったディベートが中心となる。その方が、全体の動きを把握しやすい。でも、関東は席を立った1対1での交渉を好む傾向があって、根回しが重要になることがわかった」と、大会の収穫を口にした。
【取材を終えて】そもそも日本の高校生が、違う国の大使として活動するのは不思議な感覚を持つ。参加者は、議題についての個人的な考えは排除して、その国の大使として交渉に臨むのだ。徹底的な下調べをして得た知識をベースに、交渉を積み重ねていく姿は、まさに「高校生外交官」だった。模擬国連OGには、今年5月に日本人女性として初めて国連事務次長(軍縮担当)に就任した中満泉氏もいる。模擬国連は、国際社会での活躍を夢見る高校生にとって、打ってつけの活動と言えるだろう。(田崎)
大会結果 カッコ内は担当国と在学高校
【議場A】最優秀賞 山田・飯野組(ロシア、東京・海城高校)▽優秀賞 木村・工藤組(アメリカ、千葉・渋谷教育学園幕張高校)、中原・田中組(フランス、奈良・西大和学園高校)、山本・伊藤組(アラブ首長国連邦、愛知・海陽中等教育学校)▽実行委員特別賞 佐々木・今津組(北朝鮮、奈良・西大和学園高等学校)
【議場B】最優秀賞 仙頭・山上組(イギリス、奈良・西大和学園高等学校)▽優秀賞 久保田・寺澤組(ドイツ、東京・豊島岡女子学園高等学校)、中島・大橋組(インド、奈良・西大和学園高等学校)、湯浅・濵・上田組(ミャンマー、千葉・市川高等学校)▽実行委員特別賞 片山・新本組(フィジー、石川・金沢大学附属高等学校)
【議場C】最優秀賞 松下・松下組(北朝鮮、千葉・渋谷教育学園幕張高等学校)▽優秀賞 水口・髙田組(オーストリア、神奈川・浅野高等学校)、増山・堀江組(フランス、神奈川・浅野高等学校)、宮沢・吉田組(中国、神奈川・逗子開成高等学校)▽実行委員特別賞 嶋田・竹内組(アルジェリア、東京・豊島岡女子学園高等学校)
【議場D】最優秀賞 西本・中山組(アメリカ、神奈川・浅野中学校)▽優秀賞 梶村・佐治組(ノルウェー、東京・麻布中学校)、柳澤・三浦組(ブラジル、神奈川・浅野中学校)、高橋・田中組(イタリア、新潟・新潟明訓中学校)▽実行委員特別賞 李・李組(イラク、東京・東京韓国学校中等部)