薬剤師ときいて、どんな仕事をイメージするだろうか? 医師の処方箋をもとに、患者さんに薬を渡す―、これは誰もが知っている薬剤師の仕事だが、実際には仕事の一部でしかない。たとえば災害の被災地や、高齢者が増えるこれからの日本の各地域で、薬剤師は今以上に活躍する事が期待されている。東日本大震災、熊本地震の際に、薬剤師として被災地に入り活動した豊田和広さんに話を聞いた。

 薬局の薬剤師がやっていること

「病院で診察を受けた後、薬局に行ったら、薬が出てくるまでに待たされた経験はありませんか? あれはただ薬剤師がもたもたしているわけではないのです」と微笑みながら話すのは埼玉県にある中央薬局グループの薬剤師・豊田和広さん。

「処方された薬の成分や量、飲み合わせ、副作用、用法などが患者さんにとって適切かどうか確認をしているのです。たとえばその患者さんがすでに他の病気にかかっていて、同じ薬が処方されている場合などは、速やかに医師に連絡を取り、『二重に出ているので先生の分の薬は処方しなくてもいいですか?』と問い合わせたりもしています」

また、最近では「かかりつけ医」だけでなく「かかりつけ薬局」が浸透し始めているという。豊田さんは、「遠方の大学病院で診察を受け、薬は地元にあるうちの薬局で出している、というお客さんもいます」と話す。

「かかりつけ薬局」は、患者にとって複数の病院や診療科で受診していても、薬が重複する心配がなくなり、無駄を減らすことができるというメリットがある。同時に、こうしたかかりつけ薬局の利用が広がることで、国全体の医療費を抑えることにつながるというのだ。

 

 

被災地で頼られる幅広い薬の知識

「薬剤師は少なくとも1000品目の薬について、商品名・化学名・成分・副作用・飲み合わせなどを頭に入れています。医師は自分の専門分野についての薬には詳しいのですが、専門外となるとそこまで詳しくありません。一方で薬剤師の場合は、さまざまな分野の薬について知らないといけないのです」と話す豊田さん。こうした薬剤師の薬に対する知識が、いかんなく発揮されたのが、東日本大震災だったという。

「私も福島や仙台に親戚がいて、地震が起きた直後からどんなことでもいいから被災地の役に立ちたいと思っていました。それで埼玉県薬剤師会に連絡をしたら薬剤師の手が足りないという。現地入りしたのは震災から約1ヵ月後の、4月17日でした」

豊田さんが着任したのは郡山市にある避難所(ビッグパレットふくしまというイベントホール)内の臨時診療所だった。

「到着して驚いたのは手つかずになっていた大量の薬。カップラーメンなど食べ物や飲料水などの支援物資は、仕分けがしやすいんですよね。でも、薬は誰も怖くてさわれない。間違ったものを飲ませるわけにはいかないですから。臨時診療所には各地から医師の方も来ていましたが、医師もその薬が何の薬かわからない。そこで薬を探したり、診断にあわせて代用できる薬は何か考えたりしました。あとは、患者さんから『この薬を飲んでいます』と薬を見せられても、医師や看護師ではわからないこともあります。そんなときに私が『これは血圧の薬です』というように教えたりもしていました」

薬のプロフェッショナルである薬剤師ならではの活躍といえる。豊田さんによると、ケガなどの応急処置が大切な震災直後よりも、避難生活が長引いたタイミングにこそ、薬剤師が必要になってくるのだという。5年後の2016年4月に発生した熊本地震の際も、それを見越して5月のGW明けに被災地入りした。

「被災地に行けば、もちろん薬剤師としてやることはいっぱいあります。でも、被災の状況を目の当たりにすると、けっきょく自分は何もできない、という悔しい思いのほうが強いですね。人の命を救えたはずなのに、と。私たちは人の役に立ちたいというのが原点だと思いますので。そこへいくと自衛隊のようにずっと滞在して奉仕している人もいる。頭が下がりますよ。そういう姿を見ると、自分たちはまだまだだなって思いますね」

そう無念さをにじませる豊田さんだが、彼をはじめとした薬剤師が被災地で活躍したことによって、薬剤師の仕事に変化が生まれてきているという。それが在宅医療の分野だ。

「もともと医師と看護師がチームを組んで、通院困難な患者の自宅や施設を訪ねて診療をするという形態はありましたが、3.11以降、そのチームに薬剤師も組み込まれるようになりました」と豊田さん。

現在は医師、看護師とともに地域をまわる訪問型の薬剤師が、都市部を中心に増えているという。

「時代とともに薬剤師の立場、役割が変わってきていると感じますし、これからはもっと変わっていくのではないでしょうか」

最後に豊田さんに、薬剤師としての仕事の喜びについて訊ねてみた。

「やっぱり患者さんの笑顔と、『ありがとう』のひとことがとても嬉しいです。それが一番ですね。医療にかかわる人はみんな一緒だと思います」

 

 

 
【豊田和広さん】
1969年生まれ。埼玉・栄東高校出身。北陸大学薬学部に入学し薬剤師免許を取得。卒業後は、科研製薬株式会社を経て、中央薬局グループに入社。現在は取締役を務める。