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地域文化研究部門(団体)

 優秀賞 
泉町の宝が示す可能性~高校生ハンターの挑戦~
 熊本県立八代農業高等学校泉分校 地域探求班
 
駿河湾産サクラエビ食文化継承のための考察
   静岡県立静岡高等学校 郷土研究部公民班
 
栃木県のサメ食文化の変容について
   栃木県立矢板東高等学校 リベラルアーツ同好会
 
 佳作 
「萬歳楽(まんざいらく)」紙芝居プロジェクト
 島根県立吉賀高等学校 HINA&SORA
 
幻の駅弁鮎寿司を追う
 神奈川県立足柄高等学校 歴史研究同好会

    ■審査員講評も参考にしよう!【 地域文化研究部門 講評 】

 

【 優秀賞 】

「泉町の宝が示す可能性~高校生ハンターの挑戦~」

熊本県立八代農業高等学校泉分校 地域探求班

応募の動機

この作品をもっとたくさんの人達に知ってもらいたくて応募しました。私たちはSDGs、生物多様性の観点を取入れ、地域の活性化に向けてたくさんのことに取り組んできました。鳥獣被害の防除から地域の文化保全に繋げ、地域の人はもちろん、誰もが住み続けたい町にしていくことを伝えたいと考えています。そして、泉町の魅力を多くの方々に知ってもらえるよう、これからも発信し続けます。

研究レポート内容紹介・今後の課題

1.課題を取り上げた背景
 
泉町のある八代市では面積にして年間140.46ha の鳥獣被害があります。
 私たちは泉町で起きている鳥獣被害の課題は農林業だけの問題としてとらえるのではなく、泉町全体の課題として取り組んでいく必要があると考え狩猟対策を軸に4つの観点(図1)から持続可能な社会と生物多様性をキーワードとして活動に取り組むことにしました。

図1

2.取り組み
 ⑴ 狩猟実践
 私たちは、平成30 年度から毎年、狩猟免許取得(罠猟)に挑戦しています。この取り組みが広がり、県内の農業系高校生も狩猟免許取得にチャレンジするようになり若者が狩猟免許取得するきっかけを作ることができました。
 くまもと☆農家ハンターの稲葉さんの指導のもと、ICT・IoT 機器を利用した狩猟実践を行いました。そのことで、労力を削減。罠の改良を行うことができ効果的な狩猟実践を行うことができました。また、シカの特性に合わせ、罠の種類を変更し、見事捕獲に繋げることができました。
 ⑵ 狩猟実践の成果
 生物多様性の文化伝統の継承の観点から地域文化の維持に繋がるシカ皮の利用を行いました。泉町にはシカ文化が根付いており、食用以外にも革を装飾品などに活用している文化があることがわかりました。手始めに、皮剥ぎ実習行いました。その後、地元の小学生を対象にシカ革を使ったクラフト交流を実践し、食用として以外の利用方法の発信を行いました。
 他にも、泉町に伝わる久連子古代踊りの太鼓作成を行えないかと考えました。その理由の1つに製作者が亡くなってしまい、技術の伝承が危ぶまれていることを知ったからです。久連子太鼓の作成方法をデジタル化し、後世へつなぐための作業の取り組みを行っています。

3.まとめ
 
狩猟対策を軸に4つの観点から次のような成果を上げることができました。

① 文化伝承の観点
 ・猟師直伝の狩猟方法を学び、技術を継承することができた。
 ・シカ皮を久連子太鼓に利用するビジョンができた。
② 森林環境保全の観点
 ・狩猟を学ぶことで、農林作物を守ることができた。
③ 産業の維持・創造
 ・ 狩猟実践を地域へ発信し、農林業従事者自ら狩猟を行う人が増え、離農者の軽減
に寄与することができた。
④ コミュニティの確保
 ・ 革クラフトをとおして、子どもたちに、シカやイノシシを身近に感じてもらうこ
とができ、交流を深めることができた。

4.おわりに
 
鳥獣被害の問題は「自分には関係ない」「誰かがやってくれる」と思っている人が多くいます。ですが、高校生が中心となって活動をすることで、そのような人達を仲間にできるはずです。鳥獣被害に取り組むことで地域の資源や文化を守り、人々が住み続けられる町にすることができると考えます。小さな町から『誰もが住み続けたいと思う町』のモデルになれるようにこれからも発信し続けます!

猟師による秘伝の猟法伝授
シカ革の太鼓への利用

受賞者コメント

 まさか、受賞するとは思いませんでした。卒業した先輩たちや自分たちが取り組んできたことを、この作品に思いを込めて作り、努力し続けたからこそこのような結果が出たんだと思います。最優秀賞は残念ながらとることは出来ませんでしたが、悔いはありません。これからも、取り組んできたことを発信していきたいです。
 私たちは、この作品をもっとたくさんの人達に知ってもらい、多くの方々に泉の魅力とこの活動を伝えるために応募しました。私たちはSDGs、生物多様性の観点から、地域の活性化に向けてたくさんのことに取り組んでいます。狩猟をとおして地域や文化を守ることに繋げ、地域の人はもちろん、誰もが住み続けたい町にしていきたい、泉町がそんな町のモデルになれればいいなと思っています。高校生が狩猟について活動している学校は少ないと思います。私達は、学校でシカやイノシシの皮剥実習を行いました。その活動がテレビや新聞にも取り上げられ、命の大切さや狩猟後の活用についても学ぶことが出来ました。皮剥では、難しくはありませんが正直とても大変です。皮を絶対に傷つけないように皮から肉をはぎ取る作業はものすごく大変で、特に鹿の皮はイノシシと比べてく薄くとても大変でした。できるだけ傷つけないように困難なこともありましたが、剥いだ皮を本革に作成し、キーホルダーやストラップなどに活用して、地域の文化にも繋げていくことが出来たのでとてもやりがいが感じられました。色んな方と交流しながら行っていくことも、とても楽しく思っています。多くの方にシカ皮に触れて貰えるように、皮クラフト交流イベントを計画しているので楽しく行っていくことが出来たらいいと思っています。
 鳥獣被害対策活動を通して、くまもと☆農家ハンターや県南広域本部農林水産部林務課の方々、猟師の方々などとの交流で、鳥獣被害の現状やシカ、イノシシの生態、捕獲のコツ、捕獲後の活用方法など多くのことを学ぶことができました。そして活動のなかで、この学びを活かした意見発表大会への出場で発表力を身に付けることができ、積極的に行動することの大切さを学びました。
卒業後は森林系の大学に進学したいと考えています。将来は地元である熊本県のシカによる人工林の食害や剥皮被害問題を、シカの個体数調整や鳥獣の生息環境の改善という面から解決し、林業の更なる発展に貢献していきます。
 今後の課題は様々あると思いますが、熊本県のシカの個体数は増加傾向にあり、捕獲頭数を増やしていく必要がありますので、効率的な捕獲方法の検討や狩猟者の育成をさらに行っていく必要があります。高校生で鳥獣対策に取り組まれる方には、鳥獣対策に携わって来られた方々との交流の場などで分からない点を積極的に質問し、鳥獣対策についてよく考えながら、実践的な技術を身につけてほしいです。

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【 優秀賞 】

「駿河湾産サクラエビ食文化継承のための考察」

静岡県立静岡高等学校 郷土研究部公民班

応募の動機

郷土研究部では、昨年度から駿河湾産サクラエビの食文化継承について研究しており、昨年度は駿河湾産サクラエビの6次産業化のあり方や商品価値確立の重要性について考察した。今年度は、昨年度の方策以外にどのようなことが考えられるかについて考察し、約2年間の研究成果として評価していただきたいと思い、応募した。

研究レポート内容紹介・今後の課題

1.静岡市内外の人々の駿河湾産サクラエビに対する考え
 
駿河湾産サクラエビへの静岡市内外の人々の認知度を調べるために、「第6回静岡市イメージ調査」及び「平成28 年度静岡市民意識調査」を調査したところ、駿河湾産サクラエビが静岡市のイメージとして東京都民に定着しており、また静岡市民は駿河湾産サクラエビをPR していきたいと考えていることがわかった。しかし、PR 活動である由比桜えびまつりの20代の認知度、参加率がともに低いことがわかった。

2.静岡市の取り組みについて
 
静岡市は様々なイベントを開催しており、またSNS を活用して写真掲載・情報発信を行っているが、若者の関心を高めることができていない現状がある。

3.静岡市内の駿河湾産サクラエビの販売状況
 
静岡市内の駿河湾産サクラエビの販売状況を知るために、地元のスーパーマーケットに聞き取り調査を行った。その結果、多くの店舗において、生の駿河湾産サクラエビの入荷量は減少し、仕入れ値が高騰しているという回答を得た。

4.逆転の発想~静岡県立大学・岩崎教授へのインタビューを通して~
 
消費者の数を増やすという「量」の発想ではなく、消費者が再び食べたくなるようにする「質」に価値を置く発想が重要であり、駿河湾産サクラエビの不漁が続く中、量が少ないからこそ、地元の人々にターゲットを絞ることが必要だと学んだ。

5.結論
 
地域・家庭で受け継がれてきた食文化を継承するためには、地元の子供が駿河湾産サクラエビに触れ合う機会を絶やさないようにし、世代を超えた循環を効果的に生み出すことが必要だと考えた。
 その循環を生み出す方法としては、以下の3点が考えられる。
① 食育活動:学校の教育活動で駿河湾産サクラエビについて学ぶ。
② 機会創出:駿河湾産サクラエビが水揚げされる漁港において、食事会・歴史の展示会を企画する。
③ 情報発信:SNS を通して駿河湾産サクラエビの良さを広める。

終わりに
 
これら3つの方法について共通しているのは、協働が不可欠であるということだ。漁師だけでなく、行政や消費者も一緒になって活動していくことが大切である。つまり、駿河湾産サクラエビを地元が1つの地場産業として総合的に連携する必要がある。
 今回の研究を通して、これからも駿河湾産サクラエビの動向を注視するとともに、一消費者として、駿河湾産サクラエビを大切にしていく。

スーパーマーケット「バロー」での聞き取り調査時
静岡県立大学岩崎教授へのインタビューの様子

受賞者コメント

 夏休みの間、ほぼ毎日推敲した努力が報われたように思います。昨年から続けてきた先輩の研究を、今年は更に深めることができました。静岡の誇りである駿河湾産サクラエビを基に研究し、行政機関等にも提案させていただけたことを嬉しく思います。大学の方にも私達の研究を評価していただき、さらなる高みを目指して研究を磨いていきたいと思ったので応募しました。
 論理構成については、説明に矛盾がないことに加え、論理的に提案したいことが説明できるかどうかを確認しました。そして、表現については、誤解を与えない言葉や論文を書く際に好ましくない表現を何度も確認しました。自分ではわかっていても、他人からではわからない表現を避けることや、言いたくても説明できないことが、とても多くあったことを乗り越えて創ることができました。
 私は政治家になりたいと思っています。将来のことを見据えて、新しい未来を考えていきたいです。
 後輩へのアドバイスとしては、客観視することが難しいです。何度も日にちを変えて読んでみることが大切だと思います。

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【 優秀賞 】

「栃木県のサメ食文化の変容について」

栃木県立矢板東高等学校 リベラルアーツ同好会

応募の動機

昨年度の地域民話部門で賞を受賞した先輩方の報告を受け、自分たちでも地域の研究をやってみたいと思い、応募に至った。授業で地域文化の多様性を知る機会があり、海なし県である栃木県での伝統食であるサメ食を知っているものと知らないものに分かれた。そのことをきっかけとして、サメ食の変容をテーマに研究をはじめた。

研究レポート内容紹介・今後の課題

栃木県には、以前よりサメ食文化が伝わっている。全国的にもサメ食文化が残っている地域はいくつかあるが、栃木県のような海なし県でサメ食文化が根付いているのは珍しい。しかし、近年は急速な社会の変化を受けて、地域に根付いていたサメ食文化は衰退してきていると感じられる。このことを追求するために、アンケート調査やインタビュー調査を通して、栃木県のサメ食文化について考察し、論文としてまとめ研究レポートを作成した。
 論文の構成として、第2章ではサメ食文化の歴史について、第3章ではサメ食文化に関する地域の取り組みについて、第4章ではサメ食の今後の可能性について、第5章ではサメ食の歴史と地域の歴史の接点について述べた。その上で第6章では、本論を総括して、栃木県のサメ食文化は、サガンボやムキサメを利用したハレの食としての伝統は衰退し、モロを利用したケの食として普及しつつあると結論づけた。
 特に論文の中心となった第2章では、他県の事例も含めてハレとケの食としてのサメ食文化を調査した。実際に正月料理としてムキサメを調理する家庭に協力していただき、写真の提供をはじめ、インタビューにも答えていただいた。また、私たち自身の家の正月料理も研究対象とし、おせち料理の中にはサガンボやムキサメが見られなかったことから、サガンボやムキサメを正月料理として食べる文化は衰退したのではないかと仮説を立てた。この仮説を実証するために、校内でアンケート調査を行った。この調査を受けて第3章でサメ食文化に関する地域の取り組みについて、関係者にインタビューを行った。その結果モロと呼ばれるサメがケの食として普及されつつあることがわかった。これらのインタビューや調査を通して、サメ食文化が変容していることを検証し、栃木県のサメ食文化には家庭環境や地域環境が大きく影響しており、サガンボやムキサメを利用したハレの食としての伝統は衰退し、モロを利用したケの食として普及しつつあると結論づけた。
 研究の課題としては、アンケート調査の対象年齢が偏っていたため、より幅広い年齢層から調査することが必要であったことが挙げられる。また、地域文化に詳しい専門家からの意見を踏まえた考察が不十分であったため、今後も研究を継続していき、より内容を深めていきたいと思っている。

ムキサメの煮付け
黒羽河岸

受賞者コメント

 初めてコンテストに応募したので、優秀賞を受賞できてとても驚いています。忙しい中でしたが、夏休みなどを利用して、メンバー全員で計画的に活動できたことで、作品を仕上げることができました。苦労もありましたが、今は達成感を強く感じています。
 同好会に所属している先輩方が、昨年度異なる部門で賞を受賞した報告を受けたので、自分たちでもやってみたいと思い応募しました。そもそも本格的な研究をしたことがなかったので、研究を始めた頃は形が見えず不安でいっぱいでしたが、研究が進むにつれて今まで気づかなかったことに気づくことができるようになり、とても楽しく研究をすることができたと思っています。また、関係する場所を訪れたり、文献を読むことを通して、教科書には記載されていない自分たちの地域の歴史にふれることができ、とても貴重な体験となりました。
 自分たちの生活の中で、地域の伝承や文化が失われつつあることを研究を通して実感しました。また、そういった変化の激しい時代に生きていることも改めて感じました。今回の研究は団体で行っていたので、協力して物事をやり遂げるという点において少し成長できたと思っています。
 まだまだ曖昧な部分はありますが、現在は人文学部や経済学部、法学部などの学部への進学を希望しています。関係する資料館や専門家へのインタビュー等が行えていないので、今後より専門的に追求していくことができるかどうかが課題だと思っています。またアドバイスとしては、とりあえずやれるだけやってみるという考え方で研究をスタートすればよいということです。

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【 佳作 】

「「萬歳楽(まんざいらく)」紙芝居プロジェクト」

島根県立吉賀高等学校 HINA&SORA

応募の動機

私たちは、高校の授業、総合的な探究の時間で取り組んだ、吉賀町白谷地区に伝わる「萬歳楽(まんざいらく)紙芝居プロジェクト」をもっとたくさんの人に知ってもらいたいと思っていました。今回國學院大学の地域の伝承文化に学ぶコンテストを先生から紹介していただき、島根県吉賀町の伝承文化を全国の人に知ってもらいたいと思って応募しました。

研究レポート内容紹介・今後の課題

私たちがこのプロジェクト始めようと思ったきっかけは、「新型コロナウィルスの蔓延」により、家で過ごすことの多くなった子どもたちに何かできることはないかと考えたことがこのプロジェクトを始めるきっかけとなりました。また、私たちを含めて地元の伝説や文化、昔ばなしを知っている人が少ないと考えていたので、その二つを合わせ、子どもたちにもわかるような「紙芝居」を使って伝統文化を伝えていこうということからこの企画が始まりました。
 そこで、最初に吉賀町内で長年紙芝居を作って「読み聞かせ」を行っている「ぽんぽこりんの会」の代表者の三浦ちずるさんにお話を聞きに行き、民話ではなく柿木村下須地区に伝わる伝統芸能「萬歳楽」を紙芝居にしようということになり、図書館長さんにもご協力をいただいて台本を作り上げました。その後、萬歳楽保持者会(保存会)の方々にもアドバイスをいただきながら、昨年11 月から紙芝居づくりを開始しました。12 月14 日には朝倉小学校で発表を行い、アンケートを実施し改善点を発見しました。まず、低学年には内容が難しいことから、対象年齢を小学校高学年に絞り、友人の力を借りながら12 枚の紙芝居を作り上げました。そして、図書館長さん、ぽんぽこりんの会の方々、保持者会(保存会)の皆さんの前で発表し、内容を確認していただき完成することができました。3月までに各小学校で発表する予定でしたが、コロナウィルスが再び蔓延したため活動がストップしました。少し落ち着いた7月から活動を再開して、町内の小学校で発表することができました。9月になって中高一貫教育連携校の柿木中学校から進路の時間を使って、私たちの活動を中学生の前で発表してほしいというリクエストをいただきました。コロナの影響などで少し延期になりましたが、今月12 月14 日に発表することになっています。朝倉小学校で初めて発表してからちょうど一年目です。これで町内の全ての学校で発表するという当初の目的を完結することができました。
 今後の課題としては、図書館長さんやぽんぽこりんの会から次の紙芝居のリクエストをいただいており、第二弾を作ってくれる後輩が現れてくれるといいと思っています。

完成を目指して色を付けていきます
図書館長に完成作品を見せに行きました

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【 佳作 】

「幻の駅弁鮎寿司を追う」

神奈川県立足柄高等学校 歴史研究同好会

応募の動機

私たちは、所属している部活動で鮎寿司に関する調査を行い、レポートにまとめた。どこかのコンテストに応募しようと思い、探していたところ、「地域の伝承文化に学ぶ」コンテストの存在を知った。地域の文化である鮎寿司を全国の方や後世に伝えたいと思い、コンテストに応募した。

研究レポート内容紹介・今後の課題

私たちは文献資料を基に神奈川県の山北町で作られていた鮎寿司の歴史を明らかにした。また、長年鮎寿司の調理に関わって来られた内藤和江さんに2021 年6月19 日と7月27 日にお話しを聞き、和江さんが鮎寿司を作るに至った経緯や、鮎寿司の作り方を教えていただいた。
 そもそも、鮎寿司とは、1889 年に東海道線の開通に伴い設置された山北駅で販売された駅弁である。鮎寿司は、塩と酢で締められた鮎に酢飯が詰められたものをいう。鮎は地元酒匂川の上流でとれたものを使った。東海道線開通当初、鮎寿司の製造は、樋口屋という山北の旅館が担い、駅前にあった中川商店が販売を行った。この鮎寿司は、福沢諭吉や黒田清隆など多くの著名人にも食べられていたこともわかった。しかし、1934 年に丹那トンネルが開通し、東海道本線が国府津―熱海―沼津へと変更になったことで、山北駅は衰退し、ついに鮎寿司の販売を担っていた中川商店も1939 年に店を閉じた。
 戦後、鮎寿司はどのように復活を遂げたのだろうか。中川商店の跡地に内藤家が移転してきたのは、和江さんの夫の祐吾さんが東京を戦争で焼き出され、1950 年に中川商店の跡地を購入してからだ。和江さんは小田原の栢山から1958 年に嫁いで来た。内藤家には中川商店時代の面影が今も残り、当時使用されていた土蔵が現存する。蔵の中には塩漬けにされ、樽に詰められた鮎が保管されていたそうだ。
 1979 年に山北町商工会女性部が結成され、和江さんもその中の一員となった。2代目の部長を務めた和江さんは、何か町おこしのためになるものはないかと話し合いを持った。その結果、1990 年に町おこしのために鮎寿司を作り、販売しようと話しがまとまった。中川商店に務めていた片瀬タカさんに習い、修行をしたという。和江さんたちは、駅弁の掛け紙を一新し、1箱800 円で町のイベントなどで鮎寿司を販売した。
 次に和江さんに教えていただいた鮎寿司の作り方を説明する。まず鮎のはらわた、背骨、黒い部分をとってきれいに洗い、干物のように開き、塩にビッタリ漬ける。食べる時は水を一昼夜かけ流して塩を抜く。酢飯と合わせ、胴体を食べやすい大きさにカットし、畑で採れるシャガの葉を添え頭と尻尾にかぶせて泳いでいるような形にして完成する。
 私たちは、和江さんに詳しくお話を聞くことで、鮎寿司を復活させた経緯を知った。私たちはこうした思いを全国に伝えていきたいと思った。今後、私たちの手で、鮎を釣り、その釣った鮎で実際の調理方法を記録に残したいと思っている。

内藤和江さんへの聞き取り調査の様子
和江さんが使用している鮎寿司の掛け紙

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