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【 最優秀賞 】
「喋らない青年と喋れない老人」
田中 理紗子(スイス Institut Auf Dem Rosenberg2年生)
あの人と話すと今まで考えていたことが、スルスルと
口から糸を引いて、自分でも信じられなかった。
今まで、どうにも口の中で言葉がからまっちゃって。
猫の口から出る毛玉みたいなのを、ペッて
吐くぐらいしかできなかった。
会話ってキャッチボールなんだ、なんて言われても
運動音痴で会話音痴な僕には、とてもハードルが高い話。
ボールすら怖いし、つき指しそうで怖いし、
下手したら自分の手からスカっとボールはすり抜けて、
頭にデンってぶつかりそう。
別に話しをしている相手が嫌いとかじゃないんだけどさ、
言葉を出そうとすると、喉の奥に ボールがつまって、すぅっと空気だけがもれる。
多人数の時は、個人の意見をそこまで求められないから良いんだけど、一対一だと
どうも、やりづらい。
目もまともに合わせられない。あの、ランランとした目に僕は萎縮してしまう。
人は大して僕なんかに興味なんてない、僕が自意識過剰なだけっていってもさ、
そんなの絶対に当たらない的外れな意見。
傍から見ると、当たっているようにみえるけどさ、残念ながら僕には当たらない。
「僕は人と話すことが苦手なんです」
答えを言えない祖父に僕は言う。
祖父は元々、寡黙な方で僕は祖父と話す時だけは緊張しなかった。
昔は剛腕だなんて言われて恐れられていたらしいけど、
僕から見た祖父はキリっとしていて荘厳で、気難しくて、賢くて、愛情深い。
毎日送ってくるメールには必ずスタンプを付けてくれる、
かわいらしいところもある。
僕はまじめに、それを毎日返信している。
便りのないのは良い便りだなんていうけど、僕の祖父は逆だ。
祖父は喉には穴が空いている。
500円玉より少し大きい穴。
そこで息を吸ったり吐いたりしている。
なんか色々理由があって祖父は3ヶ月程前、
障害者になった。
「・・・」
返事はない。祖父は話せないから当たり前。
「ピロリン」
携帯にメッセージが入った。
『あせらず、ゆっくりと(^_^) 今日も安全に気をつけて、楽しくね♬。祖父』
『これ、あげるね』
祖父はその後、僕に祖父のメガネをくれた。
世界が強くボヤけたかと思ったら、
そんなことは全くなくて、度なしメガネらしい。
老眼鏡かと思ってたけど、伊達メガネだったのか。
70歳で伊達メガネは少し痛い。
メガネ越しに見た世界は変わらないけど、壁があるみたいだ。
メガネがくもるから、マスクを外したら、言葉がこぼれた。
最優秀賞の受賞コメントは近日公開!