農学部は「農業について学ぶ」学部だと考えている人も多いのではないだろうか。実際は「食料」と「環境」に関する課題を解決するための研究に取り組む学部だ。学びの内容や最先端の研究を、北海道大学農学部長の野口伸先生に聞いた。(文・野口涼、写真・北海道大学提供)

「食料と環境」を学ぶ

―農学部では何を学べますか?

農学部では「食料の偏在・不足」「地球温暖化の進行」「生態環境の破壊」「食品の安全性の確保」など、食料と環境に関するさまざまな問題を学び、解決策を研究しています。

研究領域は多岐にわたっており、多くは高校の科目でいうと生物・化学・物理・地学をベースにしています。他にも農業の担い手が減少するなか農村の維持・発展を社会学的な視点で考える「農業経済学」といった学問も扱っています。

共通するのは「社会貢献」という目的がはっきりしていること。農学部での学びは「食料」と「環境」などの「食料を生産するためのフィールド」、ひいては「地球環境そのもの」に関する研究を通して社会に貢献することを目指しているのです。

農学部は「食」と「環境」を学ぶ

食料不足を防ぐために 

―学びの幅が広いのはなぜですか。

世界を取り巻く食料問題に理由があります。現在、日本の食料自給率は、カロリーベース(国民1人が1日当たりに摂取する熱量のうち国産の割合)で38%。農業人口の減少や耕作放棄地の増加で、食料の多くを輸入に頼らざるを得ない状況にあります。

世界の人口は現在約80億人ですが、2050年には97億人に増加すると予測されています。人口増加にともない、食料需要量は2010年と比べて70%増加するとの推計もあります。当然のことながら食料不足が顕在化してくるでしょう。

さらに近い将来、地球温暖化や干ばつ、砂漠化といった環境問題が今よりも深刻になり、食料の安定した生産・供給を脅かす可能性もあります。

近年、「SDGs」や「持続可能な社会」といった言葉が取り上げられますが、食料問題は人類が持続的に生存するための重要な課題であり、環境問題ともあわせて考える必要があります。そのため、農学部では食料と環境について幅広い視点から学べるのです。

最先端の研究を紹介

―農学ではどんな研究をしているのか、北海道大学農学部を例に教えてください。

山田哲也先生の「植物遺伝資源学研究室」では、DNA配列情報を基に健康機能性の高いダイズを作る研究に取り組んでいます。いろいろな遺伝資源ついてDNA配列と機能性成分含量との関係を明らかにして、人工的に掛け合わせた「交雑個体」から「通常より機能性成分を多く含む」ダイズを作っています。さらに、従来の交雑だけで対応できない場合は、ゲノム編集などの先端技術を利用して遺伝子情報を書き換えることも行っています。この方法を利用してアレルギー症状が出にくい「低アレルゲン」のダイズを作り出すことに成功しています。

山田先生の研究で作られた健康機能性を高めたダイズ

品質と安全を確保した食品輸送の研究に取り組んでいるのは、小関成樹先生の「食品加工工学研究室」です。例えば完熟前に収穫したメロンなどの果物を輸送中の温度管理によって「食べ頃」の状態で消費者に届けるためのシステムなどを研究開発しています。

加藤先生の研究

加藤知道先生の「陸域生態系モデリング研究室」では、作物が放出する「クロロフィル蛍光(太陽光のエネルギーを吸収し発光する現象)」を野外観測し、それをコンピューターシミュレーションで再現する技術を開発しています。クロロフィル蛍光の強弱で作物の健康状態を把握したり、森林炭素吸収量を推定して、農地や生態系の適切な管理につなげたりしようという研究です。現在は、地上観測網や人工衛星データを使って、水田を含む東アジアの多様な生態系の光合成と二酸化炭素吸収量の推定に成功しています。

 

 

野口伸(のぐち・のぼる)

北海道大学農学部長、農学研究院長。1985年北海道大学農学部農業工学科卒業、90年同大学大学院農学研究科博士後期課程修了。農学博士。97年北海道大学大学院農学研究科助教授、2004年教授、2023年4月から現職。研究分野は農業環境工学、農業情報工学。