九州で暮らす高校3年生のアヤカさん(仮名)は8歳だった小学校3年生から、同級生と担任教師によるいじめを受けた。身に覚えがないことで罰せられ、廊下に立たされる地獄のような学校生活が約2年間に及んだという。今も傷は癒えず、他人を簡単に信じられないが、今回取材に応じ、当時の経験を初めて家族以外に打ち明けた。同じ境遇にある子どもたちに「つらかったら逃げても大丈夫」と伝えたかったからだ。(文・黒澤真紀、写真・本人提供)

突然始まった苦痛の授業 「無視された」「にらまれた」全部身に覚えなく

小学校1・2年生のころは友達が多く、校庭で男子とも元気に駆け回る女子児童だったというアヤカさん。3年生になると40代くらいの女性の先生が担任になった。2年生のころから、てきぱきとした振る舞いを「格好いい」と憧れていた先生だ。しかし、1学期が始まってしばらくすると、信じられないことが起きた。

ある日の「帰りの会」で、担任はクラスの子どもたちに「クラスメートから最近されて嫌だったこと」を紙に書かせるよう指示した。紙には、自分の名前と、「嫌なことをした人」の名前も書く。担任は紙を回収すると、「嫌なことをした人」の名前と「されたこと」を読み上げる。名前が呼ばれた子どもは、何も言わずに立ったり、手を上げたりせねばならない。

現在のアヤカさん。勇気を出して小学校の頃のいじめの記憶を話してくれた

アヤカさんの名前が呼ばれた。紙に書かれたことをした自覚はなかったが「相手を嫌な気持ちにしたのなら、反省しなければ。次は名前を呼ばれないようにしよう」と思った。その時は「先生がやることだから」と、納得しようともした。

しかし、2回目から異様にアヤカさんの名前だけが呼ばれるようになった。「無視された」「にらまれた」「舌打ちされた」。全部身に覚えがない。「なんで私だけが……」

それ以降、「今からやります」と担任が言うたびに、アヤカさんにとって「苦痛の授業」が始まった。

「またやるの?」一人で廊下に立たされる日々、匿名の加害者に反論できず

名前の読み上げは、次第に国語や算数など、授業中にも行われるように。少ない時でも週1回、ときには週2、3回はあったとアヤカさんは記憶している。「『またやるの?』と思うほど頻繁でした」

毎回、アヤカさんの名前が読み上げられる。他の子の名前が呼ばれることは少ない。8回名前を呼ばれると廊下に立たされるルール。アヤカさんは何度も廊下に出された。担任が紙を読み終えるまで、教室に戻れない。「廊下に立たされたのは私だけでした」

誰が名前を書いたかは明かされず、その場の雰囲気もあり3年生のアヤカさんに「身に覚えがない」と反論することは難しかった。担任は立たされているアヤカさんに名前の読み上げ以外には何も声をかけず、「終わります」といった言葉で「授業」は終わる。授業外でも担任がアヤカさんに紙に書かれたことの確認をしたり、注意をしたりすることは一度もなかった。

アヤカさんだけが廊下に立たされ続けた(写真はイメージ)

「両親を心配させたくない」我慢し続けた末に母に打ち明けた

「あの子たちがみんな、私の名前を書いているんだろうな」。「苦痛の授業」のあと、ある女子グループがアヤカさんを見ながらひそひそ話している。どうやら、アヤカさんを標的にして、グループで攻撃しているようだった。気づいている他のクラスメートもいたようだが、誰も何も言い出さなかった。「注意したら今度は自分が標的になるから何もできなかったんだと思います」

「もしかしたら先生が『なぜアヤカさんの名前ばかり書くの?』と助けてくれるかもしれない」と少しの望みを抱いていた。だが、みせしめのようにふるまう担任の表情やゲーム感覚で名前を呼ぶ様子に、希望は打ち砕かれた。

「両親は私が学校で楽しく過ごしていると思っているのに、心配させたくない」。親に打ち明けることを迷いながらも1年間ずっと我慢していたアヤカさんだが、4年生になり、毎日のように廊下に立たされるようになると、ついに耐え切れず泣きながら母に訴えた。母も、娘の表情が暗く、元気がなくなったことを心配していた。話を聞いた母は、ただ背中をさすってくれた。アヤカさんは気づいていなかったが、母も涙を流していた。

気持ちを整理するためにノートをまとめるアヤカさん

母が教頭にかけ合うも何も変わらず、転校もハードル高く

母はすぐに小学校に連絡をとり、教頭にアヤカさんがされていることをそのまま話したが、学校側が対応した様子はなく、アヤカさんが廊下に立たされる日々が続いた。「先生は変わらず面白そうに私を見ていた。『嫌なことをしている』と先生も分かっているような表情だったんです」とアヤカさん。移動教室が憂鬱で、長期休暇が終わるときはつらい。母は「学校から帰ってきたときの表情をみるのも胸が痛かった。つらくて寂しい学校生活を送っていると思うと、胸を締め付けられる思いだった」と振り返る。転校も検討したが、金銭的にも距離的にも難しく、身動きが出来なかった。

5年生でクラス替えがあり、2年間に及ぶ地獄のような日々は終わった。その担任は異動になったらしく、顔を合わせることはなくなったが、「教師と同級生からいじめを受けた」という強烈な経験は、アヤカさんに深い傷を与えた。「大人は信用できない。周りにも期待しない」。人と距離をとるようになり、「楽しいことはなくていい。何も起こらなければそれでいい」。ただ日々が過ぎていくことを祈るようになった。

卒業後、アヤカさんの意志で知り合いが誰もいない中学校に進学した。

教室という密室で2年間の地獄のような日々が続いた(写真はイメージ)

「人を信じられなくなった」高校生になっても心の傷癒えず

高校生になった今でも傷は癒えないままだ。「正直、あれから私は他人を簡単に信じられなくなりました。友達にも自分の本当の気持ちを言えません」

「仲の良い友達をつくりたいという気持ちもなくなった」と言うアヤカさん。中学でも高校でも「クラスで誰かと一緒にいる人が決まっている」という風潮に慣れなかった。「私は一対一か少人数で行動したい。人との関わり方が分からなくなってしまった。自分一人で行動する方が楽なんです」

尾木直樹さん「学校側は『悪意』を否定する」

教育評論家として長年いじめ問題に取り組んできた尾木直樹さんは、「教師による児童・生徒いじめ」の実態について、「学校側が悪意を否定するのが特徴だ」と指摘する。「ある行為を児童がいじめと感じたとしても、学校側はそれを『不適切指導』だったと捉えます。『教師に悪意はなく、方法が不適切だったのだ』というのです」

尾木直樹さん

実際に、「子どものため」と思ってとった言動を「子どもがいじめと受け取る」こともあるので一概には言えないとしながらも、「明らかないじめであっても、不適切指導という表現を使い、児童のためにやったと主張する先生は現場に蔓延(まんえん)しています」。

教師と子どもの認識の差が埋まらなければ多くの問題は解決しない。「今後は、国や教育委員会レベルで、教師によるいじめを定義することが必要。教育現場が生まれ変わるぐらいの気持ちで取り組まなければ現状を変えることはできない」と尾木さんは強調する。

グループで根気よく掛け合って

では、当事者として苦しんでいる子どもの保護者はどうすれば良いのだろうか。尾木さんは、「教師への問題提起をしてほしい」と話す。「『指導のつもりかもしれないけど、うちの子はつらい、苦しんでいる。あなたがやっているのは不適切なことです』と教師に投げかけてみてください。教師と子どもは人として平等です。対等に話をしてほしい」

また、「教師側には職員室に他の先生たちという多くの味方がいる」ため、親だけで行くと話が通じずつらさだけを感じて終わる場合もあるという。教師と対峙するには「PTAやクラス委員をしている保護者などに相談し同行してもらい、3~4人のグループで行くのが良い。先生の一生懸命さにはみんな感謝しているけれど……と添えながら、話を持っていってみて」と勧める。「一回で諦めないでください。正しいことを成し遂げるためには、困難があっても、何としても現状を変えるのだというある種の“根気”が必要です」と助言する。

「家族だけは信じられた」少しでも笑顔にと両親がサポート

アヤカさんは「周りは信じられなかったが、家族のことだけは信じられた」と話す。母が教頭に話をしてくれたことはうれしかった。多くは語らない父も、心配してくれていたことを後から知った。

両親は「アヤカさんを笑顔にしたい」と、休日には出かけたり外食をしたりして楽しい時間を過ごさせようとしてくれた。「学校でいじめられても、家に帰れば穏やかな時間が待ってる。家族がいてくれるから無理をして周りと仲良くしなくてもいいやと思えました」

自分が話すまで母が待ってくれたことにも感謝している。「子どものことは心配でたまらないと思うけど、自分から話すのを待ってあげてほしい。嫌なことを打ち明けるタイミングは人それぞれだから。いろいろ聞かれることがかえってつらくなる時もあるんです」

家族と一緒に山口へ旅行した時に食べた思い出のフグ料理

心を支えた「正直ノート」、嫌な出来事や悩みをありのままに

高校1年の時、父が持っていたビジネス書を読んだことがきっかけで「正直ノート」を書き始めた。「誰にも言えない悩み事や、学校で嫌なことがあった時、進路についても迷い、体調がすぐれないなど、その時に抱えている気持ちを心のままに書き出すことで、思考が整理できるようになりました」

3冊目となった「正直ノート」とともに高校生活を歩んできた今、「強くなった」と思う。周りからの影響を受けなくなり、相手に嫌なことをされても、過去のつらい記憶が押し寄せてきても、「相手と同じ土俵に立つな」と自分に言い聞かせる。

アヤカさんがつけている「正直ノート」

同じように苦しむ子どもたちへ「つらい時間、ずっとは続かない」

高校生になって、クラスにグループができても、「私はあなたたちと仲良くしたいわけじゃない」と思えば楽になった。「自分がされて嫌なことは絶対にしない。つらい経験を抱えている人、悲しい思いを持っている人の話を聞けるような大人になりたい」

これまで、小学校時代に受けたいじめのことを家族以外には誰にも話してこなかった。高校卒業と大学進学を前に取材に応じてくれた理由を聞いた。「いじめがあったのに学校側が認めないニュースを耳にするようになった。被害に遭って私と同じように苦しんでいる子に、『あなただけじゃないよ』と伝えたかったんです」

最後に、今、苦しい思いをしているあなたへ。「つらい時間はずっと続くわけじゃないから大丈夫。そして、つらかったら逃げてもいい。それは弱いことではなく、前に進もうとしていることだから」

※この記事は高校生新聞とYahoo!ニュースによる共同連携企画です。