なぜ日本史や世界史などの「歴史」を学ぶのだろう。暗記科目のイメージが強く歴史が苦手な人もいるだろう。歴史学者の羽田正先生(東京大学名誉教授)に、歴史を学ぶ必要性やなぜ役立つかを語ってもらった。(中田宗孝)

今を理解し未来へ進むために

―なぜ日本や世界の「歴史」を学ぶ必要があるのでしょうか。

歴史を学ぶことは、私たちが生きる「現代を理解するため」です。

今の世界の特徴はどのような経緯をたどり作られてきたのか。そして、未来の世界はどの方向に進むのがよいのか……と考えるために必要なのが「歴史」です。

―過去を学ぶことが、現在や未来を考えることにつながるんですね。

果たして、現在の社会問題は今だけの現象なのか。100年前にも同じような社会問題があったのだろうか。あったなら、それがどのように現代までつながっているのか、なかったなら、なぜ現代ではそれが問題となっているのだろうと考えれば、現代をより深く理解できるでしょう。加えて、日本で起こったさまざまな出来事が日本の中だけで完結しているかといえば、そうではありません。

現代は世界中のあらゆる出来事がつながり、結びつきながら私たちの目の前に現れています。そのことをふまえて「私たちはどう対応すればいいか」と考える必要があります

過去から学ぶにあたっては、一国だけではなく、世界全体を視野に入れる必要があるのです。

―新型コロナウイルスも歴史的に捉えられますか。

新型コロナウイルス感染症の流行は、日本だけでなく世界各国で発生していますね。

中世ではペストが流行した

世界の歴史を振り返ると、中世のユーラシアではペスト(黒死病)が大流行しました。過去に今と同じようなパンデミック(世界的大流行)が起こっていたのです。歴史を振り返ることで、パンデミックの中、当時の人々はどう対応して生活していたのかを知り、現在の対応への参考とすることができます。

歴史に限らず、高校生のみなさんが学ぶすべての学問は、私たち自身を知り、私たちが暮らす日本や世界各国、さらには地球、宇宙を理解するために必要なものなのです。

「男女平等」がなかった時代

―「歴史を勉強しても役に立たないのでは」と疑問を抱く高校生もいます。

現在起きているさまざまな出来事への理解をより深めるために、歴史は役立ちます。それが歴史を学ぶ意味の一つでもあります。

例えば、今「男女平等」に関する話題に多くの人々が関心を持っていますよね。もちろん、現代に生きる私たちは「男女平等であるべき」だと自然に考える人が多いと思います。しかし、この価値観は実は最近のものです。過去を振り返ると、いつから、どれだけ多くの人々の努力によって、男女平等が追求されるべき価値となったかが分かります。

男女平等も過去では当たり前じゃなかった

例えば、1789年の「フランス人権宣言」が人間の平等を訴えたと言われますが、その「平等」に女性は含まれていません。人権が保障されたのは「市民権を持つ白人男性のみ」だったのです。

「当たり前」は先人が闘って得たもの

―男女平等は、近年になって確立された価値観、ということですね。

もっと言えば、「人間」とは誰のことなのかが定義されたのもそれほど昔ではありません。

約300年前、イギリス人がアフリカからチンパンジーを自国に持ち帰ってきました。英語でしゃべりかけてみるとチンパンジーは反応を示し、コーヒーも飲みました。初めてチンパンジーを目にした研究者たちは「これは人間なのか」「何語をしゃべっているんだ」と、大真面目に議論した事実もあるのです。

チンパンジーは人間…!?

ホモ・サピエンス、すなわち人間という科学的分類のカテゴリーが定められるのが18世紀、広く受け入れられるのは19世紀になってからです。

―「人間」が定められたのは19世紀……不思議な感じです。

このような事実は、歴史を学んでいないと分からないことですよね。

今、私たちが議論するまでもない「男女平等」のような当たり前の価値観は、過去の人々が、激論を交わしながら、発見を繰り返しながら、時には何かと戦いながら、当然の価値にしていったのです。

多くの人々の努力のうえに成り立っている過程や歴史を学ぶと、現在の社会問題に対するみなさんの理解がより深まるのではないでしょうか。

 

はねだ・まさし

1953年生まれ。東京大学名誉教授。専門は世界史。現在は東京大学東京カレッジ長を務める。最新著書『グローバル化と世界史』(東京大学出版会)、「<イスラーム世界>とは何か「新しい世界史」を描く」(講談社学術文庫)。(写真・島本絵梨佳)

『角川まんが学習シリーズ「世界の歴史」』

羽田正監修(KADOKAWA、全20巻。各巻950円=税抜、全20巻セット1万9000円=税抜)
歴史学習まんがの決定版。2022年度に導入される高校の新必修科目「歴史総合」を見すえ、近現代史のボリュームが全巻の5割以上占めるのも特色。第20巻では、世界で感染が拡大した新型コロナウイルスの話題を収録。