髙島崚輔(りょうすけ)さんは今年、全国の市長で歴代最年少となる26歳で、芦屋市長に当選した。髙島さんの「今」をつくりあげたのは灘高校(兵庫)で過ごした3年間。時代は東日本大震災直後、偏差値による評価の中での価値観を揺さぶられる出会いがあったという。(文・写真 木和田志乃)

東北の高校生と交流し気付いた「なぜ学ぶのか」

灘高校時代、一番印象に残っている出来事は何かと問うと、「一つですよね? 難しいな。本当にいろいろあったので」と言いながら、生徒会の一員として参加した福島県の被災地訪問を挙げた。「自分の故郷のため、地域のために活動している同世代の子たちに初めて会ったんですよね」

温泉の熱を果物栽培やマダイ養殖に生かす研究をする高校生や、原発事故後の風評被害払しょくのため情報発信をする高校生と出会い、価値観を揺さぶられたという。

高校時代について振り返る髙島さん

「灘の生徒は自覚するしないに関わらず、良くも悪くも偏差値、学力という大きな物差しで評価されがちでした」。その評価軸で過ごしてきた髙島さんにとっては「自分が今できることをやっていて、学んでいることを社会に還元している。しかも特別なことをやっているという感じではなく『普通のことですよね?』と語るところが衝撃的でした」。

この出会いは「自分がそもそも何で勉強しているのかとか、学んできたことをどう生かしていこうかを考えさせられる、大きなきっかけ」になったという。「灘という環境からちょっと外に出てみたことが良かったのかも」

市長選で生きた生徒会長経験

中学生から生徒会活動に携わり、高2の6月からは1年間、生徒会長を務めた。選挙活動中は朝早く登校して校門前で生徒たちにあいさつ。「公約集を作って配ったり、演説の原稿を考えたり。この経験は市長選でも生きました」

灘高校卒業式にて。生徒会長は紋付きはかまを着るのが習わしだという(芦屋市提供)

芦屋市長として、教育環境の充実に力を入れているが、生徒会長時代にもその片りんが見える。生徒会長就任後、生徒が考えたプロジェクトを生徒会が応援する取り組み「なだプロ」を新たに始めた。灘の生徒が先生となり、小学生に授業をする企画を実現。震災や防災のワークショップや、意見を伝える方法を学ぶ授業を行った。

母校の小学校で授業をした際は、灘校生だけでなく小学校時代の同級生も誘って一緒に授業を作った。「『学校内だけの生徒だけ』で行うのがあんまり良くないなって思って。学校外の生徒とも一緒にやることがめっちゃ大事なんじゃないかと思っていたんです」

リーダーシップとは何かを学んだ文化祭

文化祭は、灘高校の一大イベント。「毎年2万人くらいのお客様が来ます。生徒会はある種の裏方ではあるけれど、生徒会長は表に出る仕事。どのようにリーダーシップを発揮すればよいかは、実践の中で学んだ印象はありますね」

特に達成感があったのは、意外にも文化祭終了後だという。わずか3時間で原状復帰するのが灘の伝統で、髙島さんも総責任者として片付けに携わった。「短時間で片付けを終わらせるため、準備段階から机と椅子の効率的な移動のシミュレーションを重ねるんです。みんなで『お疲れさま』と言い合いながら、やりきりました。やり遂げたという思いと、ちょっとしたさみしさが胸に残る経験でした」

中学時代の大失敗で成長

頼れるリーダーとして高校時代から手腕を発揮していたが、それには中学時代の「めちゃくちゃ大きな失敗経験」があるからだという。

灘中学で生徒会長を務めていたとき、生徒会の運営する合唱コンクールで事件が起きたという。「生徒の入退場について副委員長と先生がもめたんです。先生が怒って帰っちゃったんですよ。勝手にやれって。それも前日に」

トラブルは尾を引いた。「結局入退場は生徒が提案したかたちで無事にできたんですが……。これまでは生徒と先生で話し合いながらうまく進められていたのに、この出来事でしこりが残ったかたちになってしまったんです」

この経験が大きな学びとなった。「先生や周りの生徒がどう思っているのか聞き、もめそうやなって思えば事前に話をしておくことを意識するようになりました」

「変なやつしかいない」環境で試行錯誤

生徒会長として新しいことに取り組むときに、他の生徒からは特に反対されることはなかった。「悪いことだったら指摘してくれますが、反対していても『俺はやりたくないけど、まあやったらいいんちゃう』みたいな感じで、特に何も言ってこない。揶揄(やゆ)する人もいなかったです。個人を尊重し、新しいことをやることに対する寛容さ、応援する雰囲気が灘にはあったので、ありがたかったですね。学校も基本的に生徒を信頼し自主性に任せていました」

科学系のオリンピックやスポーツ、ITの世界大会など自分の能力を最大限に発揮している同級生、先輩、後輩がいるのは刺激的だった。「灘って言葉を選ばずに言うと『変なやつ』がいっぱいいる。個性的ですてきな人が集まっている学校の中で、生徒会長としてどうまとめていくか試行錯誤していたのは、今の仕事にも大いに生きていると思いますね」

県立芦屋高校書道部の指導を受けて揮毫(きごう)した書の横に立つ髙島さん。「自他共栄」は灘高校の校是

邪魔をする大人がいないのが大事

高校時代を振り返り「先輩の活躍を見て後輩が頑張る。それを邪魔する大人がいないというのが大事だ」と話す。市長就任後には中学生から校則改正について直接相談を受けることもあった。その際も先生との話の進め方などについてアドバイスをするにとどめ、市長として何か対策を約束することはなかった。

「生徒が主体的に動ける環境をわれわれが整えるところに注力するべきだと思うんですよね。高校時代、私が一番感謝しているのは子ども扱いされず、一人の人として、大人として向き合ってもらえたことです。自分がされて嬉しかったことを、今度は私が大切にしたいと思っています」

経験はすべて血肉となっている。市長として子ども向けの施策、教育政策を立案する上でそれらを生かしていきたいと決意している。

高校生新聞創刊30周年インタビュー

高校生新聞は2023年10月1日に創刊30周年を迎えました。このインタビューは、過去30年に高校生だった人に高校時代の経験が今にどう生きているかを伝えるリレー連載です。

たかしま・りょうすけ 1997年2月生まれ。灘中学・高校卒業。2015年、東京大学に入学しその年の9月に中退、ハーバード大学(環境工学専攻、環境科学・公共政策副専攻)に入学。16年、NPO法人「グローバルな学びのコミュニティ・留学フェローシップ」理事長就任。17年、外務省・経済産業省、19年に芦屋市役所でインターンシップ。2022年、ハーバード大学卒業。23年、芦屋市長に当選。