【目次(TOP)】【最優秀賞】【優秀賞】【佳作】

優秀賞 
「「三文字」」 吉田 璃子(京都府立東舞鶴高等学校 浮島分校1年)
「良心の優しさ」 小倉 遥香(千葉・二松学舎大学附属柏高等学校2年)

 

優秀賞 「「三文字」」 吉田 璃子(京都府立東舞鶴高等学校 浮島分校1年)

俺の前には、何もない寂しい空間が広がっている。白米と味噌汁と卵焼きを前にして、妻は無言で手を合わせた。かちゃかちゃと箸を動かす音が響く部屋に、会話はない。
 妻は不味そうに、豆腐の浮いた味噌汁をすすった。味噌汁のお椀と入れ替わりに茶碗を手に取り、今度は機械的に白米を口に運んで咀嚼している。
 妻は好き嫌いがほとんどなく、食べることが何よりも楽しいという人なので、食事のときは基本笑顔でいる。でもここ最近はずっと、どんな好物を前にしても目を輝かせることなく、眉間に皺を寄せていかにも興味がなさそうに口に放り込んでいる。
 一か月前の朝、俺と妻は大喧嘩をした。散々怒鳴り合い罵り合ったのにも関わらず、原因が何だったのか、今となってははっきり覚えていない。頼まれていた買い物を俺が忘れてしまったからか、俺の大切にしていた服を妻が誤って汚してしまったからか。きっかけはそんなに重大なことではなかったはずだ。
 喧嘩自体は俺たちにとってそれほど珍しいものじゃなかった。寧ろ一般的な夫婦よりも、喧嘩をする頻度は高かったのではないか。でも遅くても二日で、早いときは三時間も経たないくらいで元に戻っていた。
 だからそういう意味では、今回は珍しかった。何だかんだと言い争う中で、次第にお互いを罵る言葉がエスカレートしていった。怒りで我を忘れたというよりは、二人とも引っ込みがつかなくなったのだと思う。大昔の些細なことまで引っ張り出してきて、文句を言い合った。
 だがこれまでの俺の不祥事の方が圧倒的に数が多く、加えて俺の方が口喧嘩が下手だった。最終的にはこてんぱんに言い負かされ、「もう話通じないからいい」と俺は情けなく捨て台詞を吐いて、家を出た。
 妻はうつむいたまま無表情に、最後の卵焼きの欠片を呑み込んでいる。再び手のひらを合わせて、妻はすっと音もなく立ち上がった。俺の方には目をやろうともしなかった。

 ねえ、と声を掛けた。
 三人掛けのソファに体を投げ出し、妻は煌々と明かりの点いた部屋で、リモコンを片手にテレビを観ていた。アニメやニュース、バラエティ番組と、数十分毎にころころとチャンネルを変えている。笑い声が飛び交う画面の向こう側に対し、こちらはしんと静まり返っている。
 どれも心底つまらなさそうに観ているのに、妻はリモコンを離そうとしない。七時過ぎに疲れ切った顔で帰宅してから、食事も取らず風呂にも入らずずっとこの調子だ。
 今日は週の真ん中。画面の左上に表示された時刻は午前二時を回っている。俺は妻に歩み寄り、一人分の隙間を空けてそっと隣にしゃがんだ。硬く張り詰めた横顔を眺めながらもう一度、ねえ、と呼び掛ける。
「明日も早いし、もう寝た方がいいんじゃない」
 妻は口を引き結んで、テレビ画面を穴が空くほど見つめていた。
 そうして二十分位経っただろうか。いきなり妻は、テレビの電源をぶちりと切った。はしゃいだ笑い声が、唐突に途切れる。
 妻は億劫そうに身体を起こし、のろのろとリビングから出ていった。足音が遠ざかっていき、しばらくして、ばたん、と寝室の扉を閉める音が聞こえた。
 そういえば、と思う。「化粧を落としたら?」と付け加えるのを忘れていた。妻はよく「メイクを長時間しているとすぐに肌が荒れる」とぼやいている。今日は帰宅早々リモコンの電源ボタンを押したので、化粧もそのまま一切触れずに残っていた。
 でも言っても意味がなかっただろう、とも思った。
 
 遅いな、と壁の時計を見上げた。時計の針は七時半を示している。
 妻の普段の帰宅時間は丁度今くらいだけれど、今日は六時頃には帰ってくるはずだ。カレンダーにも『五時半終わり』と書き込んでいた気がする。特に用事も記入していなかったと思っていた。
 カレンダーを確かめるために腰を上げようとしたとき、玄関から鍵を回す音がした。扉を開閉する気配と共に、がちゃんと金属音が届いてきて、そのトレーに鍵がぶつかる激しさで、妻が怒っているのが分かった。
 荒々しい足音を立ててリビングに入ってきた妻は、荷物も下ろさず帰ってくるなり、片膝を立ててフローリングに座り込んだ。
 険しい顔をしてどさりと乱暴に、右手に持っていたものを妻は置いた。俺は目を見開く。
 それはケーキ箱だった。白い地に、深緑の文字で店名が印刷されている。
 妻は、きっと睨むように俺を見た。
「あんたが買ってたやつだよ。どうせ私がスイーツ好きだから、ご機嫌取りにってことでしょ。考えが浅いんだよ。こんなもんがないと謝れないのか」
 普段は大人しい方だけれど、妻は感情が昴ると途端に口が悪くなる。
 片手で器用に箱を開けて、瓶のプリンを妻は無造作に取り出した。付属のスプーンでがつがつと、クリーム色の柔らかい物体を掻き込んでいく。ありがたみもなく、味わう様子もなく飲み下していく。
 最後の一すくいを口に入れて、妻は空になったスプーンから手を離した。再び俺を刺した鋭く尖った目は、充血して真っ赤だった。コンシーラーで隠し切れていない隈が目の下にあることに、俺は今更ながら気づく。
「ご機嫌取りする前に、何、死んでんのよ」
  言い終える前に、堪え切れなかった涙が、妻の柔らかな頬を滑り落ちた。仏壇に飾られている写真の中の俺は、ぎこちなく笑っていた。俺はぼんやりと、自分の下手くそな笑顔と、それを睨む妻の泣き顔を見比べていた。
 
 喧嘩してから一週間が過ぎた頃、俺はどうしたら仲直りができるだろうかと頭を悩ませていた。
 いつもは謝り合う訳ではなく、普段通りの会話を再開することで喧嘩を終了させていた。今回は言い過ぎてしまった罪悪感と気まずさ、相手の言葉に対して募らせた怒りを持ってしまっていて、お互いになかなか動き出すことができなかったのだと思う。
 どちらかが一方的に悪いという喧嘩ではなかった。ごめんと素直に一言言えば、もしかしたら妻も謝ってきて、いとも簡単にそれは終わっていたのかもしれない。でも、あっちも悪いよな、と言い訳して自分から謝るという選択をしない程度に、俺は子供っぽかった。
 謝罪せずに仲直りがしたい卑怯な俺は、ケーキを買って帰ることにした。妻が美味しいと言っていたうろ覚えのケーキ屋をスマホで検索し、迷いに迷ってようやく辿り着いた、入るのに躊躇しそうになる位お洒落なお店で、一番人気のケーキとプリンを買った。
 満面の笑みになる妻を思い浮かべて、顔がほころんだ。甘いものが大好きな妻は、どれだけ腹を立てていたとしても、このお土産に喜んでくれる。そんな確信があった。少なくとも二人で一緒にこれを食べる時間は、元のように和やかに喋ることができる。
 そんな期待で胸を弾ませていたから、注意が疎かになったのだろう。
 ケーキ屋からの帰り道、雨で濡れた石階段で足を滑らせた。苔むした階段の下まで一気に転がり落ち、発見に時間がかかったのと打ち所が悪かったのとで、俺は呆気なく死んだ。
 ケーキ箱の中身はきっと無惨なことになっているんだろな、勿体ない。結構高かったのに。
 薄れゆく意識の中で考えたのは、買ってきたケーキのことだった。最後まで、馬鹿で間抜けな夫だった。
 
 ケーキの下に敷かれたアルミの部分を掴んで、妻はフォークを使わずかぶりついた。フルーツやクリームが溢れんばかりに乗った可愛らしいケーキが、あっという間に口の中に消えていく。
 ぼろぼろと流れる涙は拭おうとせず、クリームで白く汚れた口元を、妻は手の甲でぐいと拭った。鼻をすすり上げる。
「ほんと何やってんの、ばかじゃないの」
 何やってるんだろうな俺、本当に。
 呟いた言葉が重なる。そんな場面でもないのに、ふっと苦笑いした。
 小刻みに震える華奢な肩に、ごめんな、と自分の骨張った右手を置いた。何の手ごたえもなく、するりと指先は肩をすり抜けた。何も掴めなかった五本の指が空を彷徨う。
 触れられないのは承知の上で、今度は妻の頭を撫でた。ごめん、のたった一言もさっさと言えない夫でごめんな。
 俺は妻に、一生許してもらえなくなった。
 押し殺そうとしている妻の鳴咽が響く部屋で、言葉の届かない俺はただひたすらに、言えなかった三文字を繰り返した。

 

受賞コメント

 この度は優秀賞に選んでいただき、誠にありがとうございます。嬉しい反面、未だ驚きが大きく、信じられない思いでいます。 小説を書き始めたのは最近のことで、どうせなら完成した作品を誰かに評価してもらえたらと今回コンテストに応募させていただきました。
 普段からふとした瞬間に思いついたアイデアを書き留めておき、それを基にして小説を書いています。誰かに何かを伝えたい、というよりは、誰かに面白いと思ってもらえたら、という気持ちの下で創作をしているので、形は違えどどの作品も同じ願いを込めています。
 私は書くスピードが遅く、短編小説であっても完成するのにかなりの時間がかかります。話の途中でどう書いていけばいいだろうかと悩むことも多々ありますが、書き溜めた中からアイデアを選んで新しいストーリーを考えるのは何より楽しいです。
 私は色々なことを悲観的に受け止めがちですが、創作活動を始めてからは、この出来事も小説に使えるかもしれない、と以前より前向きに物事を捉えられるようになった気がしています。小説を書いているうちに、たまに自分でも予想していない方向にストーリーが進んでいくことがあります。それが物語にとって正しい結果なのかは分からないけれど、自分がしっくりとくる終わり方になると嬉しいです。はっきりしていない自分の思いが、形になるような不思議な面白さが創作活動にはあると思います。
 私は、自分が楽しいので創作活動を続けています。合う合わないは勿論あるとは思いますが、もしほんの少しでも興味があるなら、是非やってみて楽しんでほしいです。   

【目次(TOP)】【最優秀賞】【優秀賞】【佳作】

 

優秀賞 「良心の優しさ」 小倉 遥香(千葉・二松学舎大学附属柏高等学校2年)

電車に乗ると夕陽との距離が近づいた気がした。しかし窓から入り込む斜日は変わらず寂しげで、近づいたのに寂しいままなのは哀しいと思う。
「どうして家出をしようと思ったの?」
 隣に座る彼女が尋ねる。放課後、私は彼女を誘って電車に乗り込んだ。正直私は彼女のことが嫌いだ。だが、今日この子と一緒に家出をしようと最終的に決めたのは自分なのだから仕方ない。
「こうちゃんのお迎えに行くの、やっぱり嫌で」
 私にはまだ幼稚園生の弟がいる。あの子の好きな食べ物も誕生日も私は知らない。だが私達は確かに姉弟なのだ。
「こうちゃんとは血が繋がってないんだね」
 彼女の言葉に私は首肯する。
「そう。いわゆるステップファミリーっていうやつ。でも私達が向こうの家に越してきたから、こっちがお邪魔してますって感じ」
 昔から弟か妹が欲しかったのだ。私は血の繋がった姉弟を求めていたつもりだったけれど。
 
 そんな急には困ります、と沙和さんは慌てた様子で電話の相手に抗議する。明日は子供の送り迎えがあるんです、という彼女の悲痛な叫びも虚しくそのまま通話は途切れたようだ。
「じゃあ私が行きますよ。こうちゃんのお迎え」
 何故自分がそんなことを言ったのか分からない。だが気づいたら私の良心がそう言っていた。今までこの親子に干渉なんてしてこなかったのに。
 沙和さんの息子をこうちゃんと愛称で呼んだことも後悔した。だがあの子の名前がどうしても出てこない。彼女は毎日自分の息子をこうちゃんこうちゃんと呼ぶ。父ですら愛おしそうにその愛称で呼ぶのだ。こうたろうだったか、こうすけだったか。初めて会ったとき、確かに名前を教えてもらったのに全く思い出せなかった。
「本当に? でも学生さんは忙しいでしょう?」
「高校生なんて、最近は全然忙しくないですよ。私は部活にも入っていないし。」
 沙和さんは私の母とは似ても似つかない。小柄だし童顔で、実際にはそこそこの年齢だろうが、母というよりは少し歳の離れた姉という印象だった。なんだかこちらがしっかり者を演じなければならない気がしてくる。
 私の申し出で彼女の声が嬉しそうに弾んだのがまざまざと分かった。
「それなら、頼もうかな」
 そのとき彼女はありがとうと言ったはずなのに、私は沙和さんの顔を見ることを忘れている。
 
 本来私が取るべき行動は、電車に乗って夕陽を眺めることではなく、幼稚園に行って五歳の男の子を迎えに行くことなのだ。
 彼女は質問を重ねた。
「どうして今日誘ってくれたの?」
「本当はひとりで家出するつもりだったんだけど。なんだか急に怖くなちゃって」 
 ――貴方も来る?
 電車に乗る直前、私は後ろを振り返って彼女に訊いた。一応疑問形で尋ねていたが、彼女に選択権などなかった。彼女は人の頼みを断れない。それを知っていて問いかけた私も酷いなと思う。案の定彼女は私の思惑通りについてきた。
 彼女は何か言葉を告げようとして口を開けたが、すぐに閉じてしまった。車内を走っていた子供が目の前で転んだのだ。すかさず彼女はその子に駆け寄り、大丈夫? と声をかける。私はそれをただ見ているだけだった。子供に追いついた母親がありがとうと彼女に礼を言う。当たり前のことですから、と彼女は返す。彼女が息をするようにできる優しい
行為が私には何ひとつできない。今も沙和さんとの約束を破って呑気に電車に揺られている。
 彼女は何事もなかったかのように席に戻り、先程の会話を続ける。
「前の家に帰りたいんでしょ」
 彼女には何でもお見通しらしい。確かに私が向かっていたのは、以前父と住んでいた家がある町だった。
 私の父は沙和さんとこうちゃんと家族になると決めたとき、いともあっさりと私達が長年住んでいた家を手放した。家といってもただの賃貸のマンションであったし、沙和さんの家に比べたらひどく手狭で騒音の問題も生じていた。私自身もあの場所に思い入れなど特になかった。そのはずだったのに、いざどこへ行こうかと考えると、あそこにしか自
分の居場所がないように感じた。
 彼女の言葉は事実だったが、何かの意地で私は首を振る。
「私はただ沙和さんとの約束を守りたくなくなっただけ」
「それならもっと楽しめるところへ行けば良いのに」
「別にあの町にも楽しいことは沢山あるでしょう」
 それに、あのマンションには良いところもあった。あそこに咲いていた露草が私は好きだった。空の青とも海の青とも違う。強いて言うなら青い炎の一番濃い部分だけを凝縮してつくられたような色の花だった。あの花は今も生きているだろうか?
「私がいなければ目的地まで辿り着けたよ」
 と彼女は言った。車窓から面白みのないビル群が雑然と並んで見える。電車に乗ってから延々とこの景色が続いていた。目に見える全てが不動に思えて怖い。まるで世界が終わる前日みたいで。ああこの窓に露草が一本でもあればなと思う。
「だって貴方を連れて行かないわけにはいかないよ」
「でも、私がいるから貴方は遠くに行けない」
「そうだね。結局帰ることになっている」
 私はちらりと隣を見る。そこにいるのは私の良心だ。私の中にあるありったけの優しさを詰め込んで形にした。元の自分とほぼ同型になって、案外私にも良心があったのだなと少し嬉しく感じる。
 だが良心というのは面倒なものだ。やはりこの子のせいでなかなか悪人には振り切れない。私が向かっているのは懐かしい故郷などではなく、沙和さんとこうちゃんが暮らしている町なのだ。
「乗ったときは本当に行くつもりだったんだよ」
 そのために貯金も下ろしたし、学校の荷物も極力減らしてきた。だが三、四駅ホームを通り過ぎると、罪悪感で居ても立っても居られず電車を降りた。私はなんとも曖昧なところで引き返した。
「ごめんね。結局都会から抜け出せなかった。もっと山とか海とか見た
かったのに」
 自分の情けない声が腹立たしい。この子には申し訳ないことをしたと思う。これではただ時間を無駄に消費しただけだ。
「それに、間に合うか分からない。本当は電車に乗る前に止めるべきだったのに。乗ったならそのまま遠くまで行ってしまえば良かったのに。中途半端なところで戻ってしまった。」
 僅か数十分で日没は訪れ、紫色に空が染まっている。まだ薄明ではあるが、弟を迎えに行く頃には暗くなっているかもしれない。きっともう間に合わない。沙和さんは事情を尋ねるだろう。私のくだらない理由にもならない理由を聞いて、所詮他人なのだと失望するだろう。
 そんな私の様子を見て、私の良心は良かったと呟く。
「私にもこうちゃんへの愛情があったみたい」
 彼女は私を試していたのだ。ただの一般的な良心ではなく、弟に対する愛情が私にあるのかどうか。
「間に合うよ。大丈夫」
 その言葉を聞いて、昨日あの子と交わした会話が思い出される。
 ――明日は私が迎えに行くから。
 子供と話すのに慣れていない私は、そのような短い言葉でも少々緊張した。
 こうちゃんは数秒間じっと、何を考えているのか分からない大きな瞳で私を見つめていた。だがやがて秘密を共有した友人のようにニッと口角を上げる。
 ――わかった。まってるね。
 そうあの子が言った瞬間、私にあったのは良心ではなく、ただの平凡な愛情だった。
「こうちゃんの名前、聞かないとね」
 そこで電車は緩慢な速度で停止する。
 
 駅に着いた。迷わず私は走る。
「先に行きなよ。こうちゃんが待ってる」
 彼女の言葉も聞かずに私は人混みの中を駆け出した。良心がいなくても、愛情も義務感も他の感情もついてきた。
 頑張れ、と良心が声をかけてくれた気がした。

 

受賞コメント

 この度は優秀賞にご選出いただき誠にありがとうございます。私の作品を読み、評価してくださった方々への感謝が尽きません。大きな驚きと喜びを実感しています。今回の作品を通して、私の思考の中にある世界がひとりでも多くの方に伝わればと思います。 夏休みの間、何かひとつでも身になる経験をしたいと思い、応募を決意しました。
 まず最初に思い浮かんだのは、主人公が電車に揺られている場面でした。また、悲しい、嬉しいなどの感情は独立したものではなく、常に混同するものですが、自分の中にあるひとつの感情を客観的に見つめることができれば良いなと考え、自分の良心と家出をするという話になりました。良心とは何か、愛情とはどう違うのかを考えるきっかけとなった作品です。
 通常であれば自分の良心が目の前にいるのはあり得ないことですが、なるべく普通のことであるように書いて、ファンタジーになりすぎないようにしました。また、この作品を創ろうと考えた時は、まだ相手が自分の良心だと決めていませんでした。その中でこの物語の行き着く先を考えることは、苦しくもあり楽しくもある行為でした。 短い作品でも、最後まで書き終えられたことは私にとって非常に意義のある経験でした。人に伝えるという点でまだまだ未熟な文章ではありますが、良心とは何かという疑問を可視化することで、より自分の考えを深めることができたと思います。
 創作の魅力は、自分の思想を表現できるということに尽きると思います。文章の表現力には想像の許す限り無限に近い可能性があります。自分の中でただひとつのテーマを決めて、それを誰かに伝えるために何千、何万と文字を重ねることができるのはとても自由なことです。
  私は、ひとつの作品に非現実的な要素をひとつは入れることが多いです。今回の作品であれば、自分の良心が目の前にいるということですが、フィクションの中でこそ表現可能な物語を創りたいと感じているからだと思います。
 自分のために書くとしても、誰かのために書くとしても、とにかく最後まで書き通してほしいです。

【目次(TOP)】【最優秀賞】【優秀賞】【佳作】