バレーボールの全日本高校選手権(春高バレー)男子で、鎮西(熊本)を制し、二度目の優勝を飾った駿台学園(東京)。技術力にたけた選手がそろい、攻撃は1枚ではなく複数で仕掛け、守備もブロックとレシーブを連動させる。高い「個」の力を結集させたチームのエースとして期待を背負ってきたのが佐藤遥斗(3年)。抜群の攻撃力を持ちながらも、最後の1点を決めきれず敗れた苦い経験をバネに、自らの壁を破るべく臨んだ春高。最後に発揮した「攻め」の姿勢がチームに勝利をもたらした。(文・田中夕子、写真・中村博之)

チームに迷惑かけてきた

2セットを取られてから2セットを取り返し、迎えた最終セット。14対12、マッチポイントでサーブ順が佐藤に巡ってきた。

「ここは攻めるしかない」

エースとして存在感を発揮、大会MVPに輝いた佐藤

高ぶる気持ちもありながら、冷静に。高くトスを上げ、思い切り打ったサーブは鎮西のレシーブを乱し、ミスを誘って15対12。待ち望んだ勝利の瞬間、佐藤はコートで雄たけびを上げ、うれし涙を流した。「ずっとチームに迷惑をかけて足を引っ張ってきたので、日本一になることができて本当によかったです」

勝負所を勝ちきれない…悔しさばかり

190センチの高さを生かした攻撃が持ち味で、チームのエースポジションを担う。1年生の頃からレギュラーとして試合出場の機会を重ねてきたが、昨夏のインターハイは決勝で鎮西と対戦し、最後の1本が決めきれずに敗れた。

決勝では劣勢からの逆転勝ち。不得手なレシーブでも見せ場をつくった

3年生になってからもチームのエースとして期待がかかる一方、勝負所を取り切る強さがない。インターハイでも準々決勝で松本国際(長野)に敗れるなど、悔しさばかりを味わい、梅川大介監督からも厳しく指導されたことも数えきれない。

主将というプレッシャーに苦しみ

どうすれば壁が打ち破れるのか。成長するための策として、梅川監督はキャプテンをリベロの布台聖(3年)から佐藤に代えた。春高東京予選ではキャプテンマークをつけ、東京大会優勝を遂げたが、自信が得られたかといえばまだそうではない。

「キャプテンマークは、正直重いです。性格的にグイグイ引っ張るタイプではないので、結構プレッシャーです」

エースとして、自分がチームを勝たせる存在にならなければならない。だが、強烈なリーダーシップを発揮するタイプではない。そもそもバレースタイルも駿台学園は1人のエースを中心に攻めるのではなく、全員がおのおのの役割を着実に果たすことが強み。攻めるばかりでなく、無理な体勢では攻めず、相手のブロックに当ててもう一度チャンスをつくるなど、細かいプレーも求める。

プレッシャーに打ち克ち、佐藤は高校最後の大会で見事に壁を打ち破った

もともと攻撃型で高い打点からのスパイクを得意とする佐藤は、器用なタイプではない。相手が待っている状況でも打ち急ぎ、ブロックに止められ、周囲から叱責されることもあった。

特に厳しい言葉を投げかけたのが、前主将でもある布台だ。攻めるべきところで攻める、余分な失点は防ぐというコンセプトがある中、佐藤の判断が誤るたび容赦なく叱咤される。もともと「自分にキャプテンは向いていない」と自認していたが、このまま自分がキャプテンを務めても、チームどころか自分も強くなれない。

仲間の声で冷静に

梅川監督にも直接不安を吐露した結果、プレッシャーを少しでも軽減できるなら、と春高前にセッターの吉田竜也(3年)がキャプテンに就任。ならば春高はエースとしてチームを勝たせることが自分の仕事、と意気込み臨んだのが最後の大会。2回戦から準決勝まですべてストレート勝ちを収め、1年生の時以来の決勝進出。対戦するのは、2年生の夏に自らが決めきれずに敗れた鎮西だった。

守護神としてだけでなく、チームの精神的支柱でもあったリベロの布台

2セットを先取され、第3セットも相手に4点のリードを許す苦しい展開の中、「負けてたまるか」とばかりに佐藤がエースの意地を見せる。攻撃はもちろん、相手にブロックされたボールも必死でつなぐ。高さのある鎮西のブロックに止められる場面もあったが、リードされた状況でも冷静さを取り戻すことができたのは、仲間の声。特に布台からの声が、佐藤をよみがえらせた。

「最初は無理な状況でも打ちに行ってしまう場面もあったんですけど、ブロック枚数や後ろのレシーバーがどこにいるという声をかけてもらって冷静になれた。仲間に助けられました」

最高のフィナーレつかんで

春高は3年生にとって高校最後の大会だから、3年生がどこまで踏ん張れるかが勝負を分けると言われ続けてきた。最後の1本が決められずに敗れる悔しさも味わってきた。重ねた経験がようやく実を結び、最後の最後でつかんだ日本一。

うれし涙から笑顔に変わった佐藤に向け、布台が言った。「ただ打つだけじゃなくうまくタッチを取ったり、もうちょっと駿台らしいバレーをしろよ、と思いましたけど(笑)、勝負所でたくさん決めてくれた。頼りになりました」

二度目のセンターコートでようやく頂点へ。最後の春高で、最高のフィナーレを飾った。

さとう・はると 2004年12月1日、新潟県生まれ。下山中出身。兄の影響でバレーボールを始め、中学時代には全国大会を経験。JOC杯では優秀選手に選ばれ、全日本中学選抜にも選ばれた。190センチ、74キロ。