【あらすじ】上リ坂高校新聞部の3年生・篠田ヒロは、自分の学校がここ数年で進学実績を伸ばしている秘密を探るため、先生たちへの取材を始めた。記憶のメカニズムを聞くべく、保健室を訪ねた。

長く覚えておける工夫がある

保健室に入ると、教育心理学や認知科学に詳しいアサミ先生に、記憶についてインタビューすることにした。先生はピンクの眼鏡をくいと上げて話し始めた。

「まずね、みんな記憶について勘違いしているの。記憶はコップのようなもので、たくさん詰め込むといつかあふれてしまうと考えていたり、そのコップの大きさは生まれつき決まっていると考えちゃっているわ」

――え、そうじゃないんですか……?
「そもそも、記憶には短期記憶と長期記憶という2つの箱があるの。短期記憶はコップのようなもので、一時的に情報を覚えておく場所よ。文章を書くとき直前に書いたことを覚えておいたり、文章を読み進めるために少し前の内容を覚えておいたりするための場所。そんな短期記憶に入った情報は十数秒で忘れてしまうことが知られているわ。みんな、この短期記憶のことを記憶だと思っているの」

携帯電話の番号をすぐに忘れてしまうのは短期記憶だからよ、とアサミ先生は付け足した。

 

「実は短期記憶の奥に、長期記憶という巨大な箱があるの。ここに情報を移すことができたら、長く覚えておくことができるのよ。ただし、長期記憶の箱に情報を移すには工夫が必要なの。どんな工夫だと思う?」

――たくさん繰り返すことで頭に入れようとしていたのですが……。
「ただ繰り返すだけじゃ、長期記憶の箱には移らないことが知られているわ」

――そうだったんだ……。では、長期記憶に移すための工夫は一体何ですか?
「1つは精緻化ね。自分の知っている知識と関連付けて覚えたり(=何かに例えたり)、自分の言葉で言い換えたりすることよ。もう1つは体制化。情報の順番や上下関係を整理することね」

精緻化や体制化をすると記憶しやすくなるという事実を踏まえて勉強することが重要ってことか……。以前、校長先生に「意識的に勉強しなさい」と言われたことを思い出した。

「あとね、記憶って格納、保持、検索という3つの過程があるけど、人間は検索が苦手なの。一度聞いたことのある情報は脳のどこかに入ってはいるのだけど、それが探し出せないから『覚えてない』という状態に陥るわけ。だから、普段から情報を取り出すようにして勉強しないといけないの。そのため、上リ坂高校では定期テスト対策として市販の問題集を解くことを推奨しているのよ」

そういうことだったのか! もしかしたら学年1位の大岸さんも記憶のメカニズムを踏まえて勉強しているから成績がいいのでは!? 次の取材先も決まったところで僕は先生にお礼を言い、保健室の扉をゆっくりと閉めた。 (続く)

ふなと・よしあき  東京大学理学部化学科卒業。学習参考書などを多数執筆。著書に「高校一冊目の参考書」(KADOKAWA)、「高校の勉強のトリセツ」(学研プラス)など。