君たちに残された時間は少ない

僕の名前は篠田ヒロ。上(のぼ)リ坂(ざか)高校の3年生で、新聞部に所属している。
 上リ坂高校は僕が入学した当時、まったくの無名だったにもかかわらず、ここ数年で進学実績を伸ばし、今や県内一の進学校と評されるようにすらなっていた。僕は新聞部最後の仕事として「上リ坂高校進学実績飛躍のヒミツ」に取り掛かることにした。第1回は、数年前に赴任し、学校の抜本改革に取り組んだ校長先生へ取材だ。

 

1階の正面玄関の左手にある校長の部屋に入ると、長髪に白髭(ひげ)で丸眼鏡をかけた、昔のお札になっていそうな校長先生が巨大なソファに座っていた。取材の趣旨を伝えると「雑誌の取材はすべて断っているんだがな」と言ったあと、答えてくれた。

「わしが先生方にお願いしていることはたった3つじゃ。1つは、時間がないことを伝えること。3年生から勉強を始めようと思っても手遅れになるからのう。1、2年生の積み重ねがなければ3年生の勉強についていけないし、模試も倍近くに増え、マーク対策も加わる。それなのに、定期テストは通常通りあるし、そもそも3年生は10カ月しかない。この事実を踏まえて、高校1年生からしっかり勉強することじゃな」

高校入学直後「君たちに残された時間は少ない」と口酸っぱく言われたことを思い出す。

「2つ目は、学習を意識的に行うことじゃ。ただ計算練習を何度も繰り返す、リスニング音源を聞き流す、古文単語をひたすら書き写して暗記するなど、頭が働いていない状態で勉強しても記憶として定着しづらい。何のために、なぜその方法で勉強しているのか、意識した状態で勉強することじゃ。正しい方法で勉強すること、とも言えるな」気がつけば何となくで勉強していることがある。それじゃダメだということか……。取材ノートを取りながら、僕は反省した。

「そして最後に、テスト形式で勉強するということじゃ。ただ教科書を読むだけ、ノートを眺めるだけでは、絶対にテストでは点数が取れない。記憶は蓄積するより、取り出すことのほうが大変だということがわかっておる」

問題を解かなければテストの点につながらない、と1年生から言われている。校長先生の話は、僕が1年生から指導されていた内容と一致していた。校長先生の考えが学校全体に浸透し、一貫性を持っていることが上リ坂高校の強みなのかもしれない、と僕なりに考察した。

「細かい勉強方法については教職員全員と共有しておる。インタビューしたらいろいろと教えてくれるじゃろ」

次は陸上部監督に取材にいくといいぞ、と校長先生は最後に付け足した。これは面白い特集になりそうだと思いながら、僕は校長室を後にした。 (続く)

ふなと・よしあき  東京大学理学部化学科卒業。学習参考書などを多数執筆。著書に「高校一冊目の参考書」(KADOKAWA)、「高校の勉強のトリセツ」(学研プラス)など。