平成の世に、懐かしい昭和歌謡の歌声を響かせる――。有希乃路央さんは、昭和を代表する歌手・美空ひばりと昭和歌謡をこよなく愛する高校1 年生。通信制のクラーク記念国際高校東京キャンパスで学びながら、地域のイベントなどで美しい歌声を披露している。(文・安永美穂、写真・幡原裕治)

「小さいころから歌うことが大好きだった」という有希乃さん。小学3 年生の時、祖父母の金婚式(結婚50 年目のお祝い)で、祖父が大好きな美空ひばりの「リンゴ追い分け」を歌った。「初めてひばりさんの歌を聞いた時、歌声の素晴らしさはもちろん、こんなに歌詞をはっきりと伝えられる歌い方があるんだと衝撃を受けました」

それからは母親と一緒にカラオケで練習を重ね、小学4年生から地域のイベントで昭和歌謡を歌うようになった。有希乃さんは、美空ひばりと同じ横浜市磯子区出身で、地元には若き日の美空ひばりを知るお年寄りも多い。「歌声がそっくり」と注目を集める存在になった。

歌を聴いてくれた人から「この歌もすてきだからぜひ歌ってみて」と教えてもらうこともある。「聞いてくださる方が持っている歌のイメージを壊さないように、歌詞を一言ずつ丁寧に歌っていきたい。日本の『歌の心』を伝えられる歌手になるのが夢です」

2011 年から続けている神奈川の商店街での路上ライブでは、さまざまな出会いがあった。夫を亡くした女性から「あなたの歌を聞いて元気が出たわ」と言われたことも。「(その方は)その後も何度もライブに足を運んでくださいました。私の歌が癒やしになるのなら、本当にうれしい」

 

歌に専念できる時間を増やすため、通信制の高校に進学した。現在は週2 日の登校日と自宅学習で勉強をこなし、歌の活動に時間を割く。「いつイベントの出演依頼をいただいても、しっかりと歌の練習をして本番に臨めるように、学校の課題は早めに終わらせるようにしています」

悩みは、同世代の友達と昭和歌謡の話で盛り上がれないこと。「昭和歌謡は古い歌ではなく、ムード歌謡からポップスまで、いろいろな曲調があり、心に響く歌詞もたくさんあります。私が歌うことで、高校生をはじめ若い世代の人にも魅力をぜひ知ってほしいです」

有希乃路央エピソード集

声の音域が低い

小学校の音楽の授業で合唱すると、先生から「他の子と声の高さが合っていない」と注意 されることも。でも、美空ひばりの歌は音域が低い曲も多く、有希乃さんの声にぴったり だった。

はやりの歌を知らない

頭の中は常に昭和歌謡のことでいっぱい。そのため、はやっている歌はあまり聞かない。 同級生の話を聞いて「今はそういうアイドルがいるんだ」と初めて知ることもある。

10時間歌う

現在はレコード会社で歌の指導を受けているが、個人練習も怠らない。1日に10時間、カ ラオケボックスにこもって歌の練習を続けることもあるそう。

趣味が渋すぎる

歌に限らず、レトロなもの全般が好き。小さな頃はテレビで『水戸黄門』をよく見ていた 。現在は、布を使って和小物や人形を作る「ちりめん細工」にはまっている。

メモ  美空ひばり 戦後間もない1946 年に9 歳で歌手デビューし、「天才少女歌手」 として有名になる。出演映画は主題歌と合わせて大ヒットし、戦後の復興を目指す人々の 心の支えとなった。代表曲は「柔(やわら)」「川の流れのように」など。1989 年死去 。

ゆきの・じお 
 1997 年8 月9 日、神奈川県生まれ。本名は折茂有希乃(おりも・ゆきの)。2011 年、 「リンゴ追分」の歌声を競う「全日本リンゴ追分コンクール」でグランプリを受賞。現在 はレコード会社で歌の指導を受けながら、プロデビューを目指す。