7月1日から募集開始となる「地域の伝承文化に学ぶ」コンテスト。審査員を務める小川 直之先生(國學院大學教授)のインタビューをお届けする。今回は「地域文化研究部門」と「地域民話研究部門」について、押さえておくべきポイントを紹介しよう。

小川先生の高校時代―1冊の本との出合いで理系から民俗学へ

ー小川先生はどのようにして民俗学と出合ったのでしょうか?

小説『死者の書』(折口信夫)との出合いで、高校時代の私は理学部系への進学から民俗学へと進路を変更しました。この『死者の書』に描かれている摩訶不思議な世界に衝撃を受け、いろいろ調べる中で「民俗学」を知ったのです。

当時は昭和40年代、もちろんインターネットなどは無い時代です。受験雑誌で大学情報を集め、民俗学を学べる大学が少ないことがわかりました。その複数の大学のうち、折口がいた國學院大學を第一志望としたのでした。

自分が何を学びたいかというのは、ちょっとしたきっかけで関心を持つと方向ができてきます。私自身、折口信夫、民俗学を知ってからは、どうしても彼の著作が読みたくなり、お茶の水(東京)の古書店で『折口信夫全集』の全巻(31巻)を買いました。ちょっと高かったのですが…。当時は宅配便もない時代。友人1人にお願いして、2人で運んできたのを覚えています。それが高校3年生の夏のことです。

※折口信夫(おりぐちしのぶ)1887年‐1953年。民俗学者、国文学者、国語学者。日本民俗学の祖と称される柳田國男の高弟として知られる。國學院大學出身で、のちに國學院大學の教授も務めた。

違いを調べることは自分を知ること

ー伝承文化とはどのようなものでしょうか?

みなさんは、自分がどのようにして「日本語」を話し、理解できるようになったのか、何をおいしいと思うようになったのかわかりますか? これらは日常生活の中で自分の身体や心に蓄積されたものです。「ことば」や五感がその代表で、人間はこれらの「知」の体系の中で日常の価値観を形成してきています。

人間が持つ「知」の体系にはいくつかの種類があります。さきほど説明した体系よりも、今のみなさんにとってわかりやすいのは、文字、文章によって知識や思想、哲学が組み立てられる体系かもしれません。これは自覚的な「知」の体系で、文系だけでなく理系もこうした体系の中にあるといえます。こうした自覚的な「知」の体系の中で新たなものが創り出されてきたのです。ようするに、みなさんが字が書け、読めるようになったのは一所懸命学習したからであり、今も学校で、自覚的な「知」の体系を日々学んでいるのです。

写真提供:小川直之教授「長野県高森町・大島山瑠璃寺の獅子舞」
写真提供:小川直之教授「鹿児島県錦江町のタノカンサァ(田の神様)」

一方で、日常的に蓄積された「知」の体系は、生活の中で身につけたものといえます。「日本では履物を脱いで家に上がる」とか、「箸でご飯やおかずを食べる」といったことに始まり、正月や盆にはいろいろな行事や食べ物があるとか、冠婚葬祭には地方ごとにさまざまなしきたりがあるとか、各地にその土地に結びついた物語(伝説)が伝えられているなど、多くのものがあります。こうした具体的な生活様式や儀礼文化、民話などは地方による違いもありますよね。その違いや歴史を知ることは楽しいと思いませんか? 

教科書や授業ではない、自分自身が生まれ育った場所での生活の中で身につけた「知」の体系を調べ、他の地域との違いを知り、まとめるのが「地域の伝承文化に学ぶ」コンテストだといえます。違いや歴史を知ることは、自分を知ることにもなるのです。

フェイクな情報があふれる現代を生きるには

現代を生きる高校生のみなさんには、教科書や参考書に書いていることを学ぶだけでなく、自分の目や耳、さらには感覚として興味を持ったことをとらえるということを心がけてほしいと思っています。今はWeb上にいろいろな情報がありますが、これは基本的にバーチャルな世界です。だからこそフェイクな情報が肥大化し、流通するのです。現実の実際の世界を、自分で見聞きできるようになってください。

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