がんやエイズなど治療が困難な病気を無くすことができたら…。これは誰もが願っていることだろう。近年、遺伝子を活用した治療により、こうした病気の根絶が可能となる時代が訪れるといわれている。黒﨑直子教授も、遺伝子工学技術を研究しているひとり。では、具体的にどういう研究なのだろうか。
遺伝子を活用した治療でがんやウイルス感染症の根絶へ
「治療用の遺伝子を使い、病気の遺伝子を直接標的として狙って破壊したり、取り除いたりするという治療法を研究しています」と説明するのは、千葉工業大学 先進工学部 生命科学科 遺伝子制御学研究室 黒﨑直子教授。
病気は、もともと持っている遺伝子にトラブルが発生することが原因となる場合があり、またエイズウイルスのように、外から入ってきて細胞内の遺伝子に影響を起こすケースもあるという。従来の薬では、病気の原因になっている箇所以外にも反応し、副作用が出たり、人によって薬の効き目が異なる場合もある。しかし、トラブルが発生した遺伝子だけを狙えれば、こうした現象を防ぐことができる。黒﨑教授が話すように、遺伝子を活用した治療に期待が集まっているのだ。
遺伝子は、すでに食品管理の分野や、人間をはじめとした動植物のルーツを探ることなどに利用されている。現在、その活用範囲は拡大しており、実際に医療分野では、ある病気にかかる確率が高い遺伝子の発見にも用いられているという。
黒﨑教授が中心にしているのは、感染症とがんの研究だ。ウイルス感染では、感染しても長期間にわたって症状が出ない場合もあり、がんに関しても同じ抗がん剤がすべての人に効くとは限らない。そのため、個々人に合わせたオーダーメイドの治療薬や治療法が期待されている。
そこで必要となるのが、遺伝子情報を自在に組み換える「ゲノム編集」という技術。黒﨑教授はゲノム編集を行い、病気やウイルスの遺伝子をピンポイントで取り除くような研究を進めている。研究室の学生も、実際にゲノム編集を行っているという。
新薬の有効性調査などにも重要な役割を果たすiPS細胞
黒﨑教授がもうひとつの柱としているのが、iPS細胞の研究である。京都大学の山中伸弥教授のノーベル生理学・医学賞受賞で一躍話題となったiPS細胞だが、それは再生医療に限らず、創薬においても活用が大いに期待されているという。
たとえば新薬開発の過程で、人の細胞を使った効き目や安全性を確かめるテストは必須になる。従来は実験室で培養された細胞を使っていたが、人間の心臓や脳などの細胞を用意することには限界がある。それがiPS細胞を使えば、心臓の筋肉の細胞をつくるなど、どの細胞でも増やすことが可能となる。「iPS細胞は、再生医療と同じくらい、創薬で大事な役割を担っています」と黒﨑教授。研究室では現在、iPS細胞の作製効率を高め、より大量に作ることができるような研究に取り組んでいる。
遺伝子やiPS細胞と聞くと、医学部に近いイメージを持つ人が多いのではないだろうか?
黒﨑教授に尋ねると、「工学部と医学部の連携は今後増えると思います。たとえば不妊治療が注目されていますが、体外受精の際、卵細胞と精子をシャーレの中で人工的に扱うのは医師ではなく科学者。また、遺伝子ビジネスは、医療だけでなく食品、環境、化学分野など多岐にわたるので、生命科学科の学生は今後いろいろな業界で活躍できると思います」との答えが返ってきた。
生命科学科は他にも、一般的な工学部の学科とは異なる点があるという。それが女子学生の割合だ。工学部の中で女性が少ない学科では1割を切るというが、生命科学科では女性が約3割を占める。「理系はとっつきにくいイメージがあるかもしれませんが、最初は生物や環境問題に興味があれば十分。女性が十分活躍できる場所です」と黒﨑教授は話してくれた。
先輩に聞く
先進工学部 生命科学科4年 伊藤杏奈さん(千葉・千葉敬愛高等学校出身)
高校生の頃から生物の授業が好きで、進路としては生物や生命に関連する学科を考えていました。その中で、生命を環境の面から学べることなどに魅力を感じ、この学科を選択しました。
黒﨑先生の研究室は、遺伝子やがんの研究に興味があったので選びました。今はゲノム編集を中心に行っています。月曜から土曜まで研究室に通い、朝から夕方まで研究に没頭しています。データ収集などの単純作業も多いですが、まったく苦にはなりません。研究室の学生同士は仲が良くて、一緒に食事などにも行きますね。私は今後、大学院に進学して研究を進めていく予定です。将来は医療系の研究員を視野に入れています。
高校生の皆さんには、自分が今できることを一生懸命に、目標に向かって諦めずに取り組んでいくことをおすすめします。私は、自分が努力してきたことが、自分の中に積み重なっていると実感しています。