魂のこもった歌声を会場に響かせた(4月14日、東京大学駒場キャンパス)

シリアの首都、ダマスカス南部の町・ヤルムーク。エイハム・アハマドさんは、爆撃で破壊されたこの町の路上でピアノを弾き、子どもたちと一緒に歌を歌ってきた音楽家だ。現在、ドイツに逃れ、音楽活動を続けている。4月に東京大学で行われたシンポジウムで、シリアの現状や今の思いを伝えた。 (文・写真 野村麻里子)

大学でピアノを学んだ経験を生かし、食料が足りず空腹などに苦しむ人々に少しでも希望を――。そう思い、演奏を始めた。「避難者たちよ どうか戻ってきて」。がれきの街で子どもたちと歌うのは、街から逃れた人へのメッセージソング。あえてリズミカルで明るい曲調にした。仲間が動画をYouTubeで公開したところ、「戦場のピアニスト」として注目を集めた。

ISにピアノを燃やされて

悲劇は突然だった。合唱団の女の子が歌っているさなかに銃撃され亡くなり、「イス
ラム国」(IS)に宝物のピアノを燃やされた。「ただ、ただ、やりきれなかった」

打ちひしがれたエイハムさんは、命からがらドイツに逃れ、今は難民として生活している。妻や子どもをドイツに呼び寄せることはかなったが、父母はまだ現地にいる。シリア出身だが、パレスチナ難民の家庭で生まれたエイハムさんは「二重の難民」になった。「今後難民の扱いもどうなるか分からない。世の中全体が私たちをどう扱うのか……先が見えない不安感があります」

現在、シリアの人々の窮状を訴えるべく、欧州各地で演奏を続けている。「最初、ドイツに来た時は自分に役割がない、無力な人間だと落ち込んでいました。でも、そうじゃない。演奏して歌うことで、難民の置かれている立場を知ってもらい、難民との懸け橋になる役割を自覚しました」

原爆投下された歴史を持ちながら、復興、発展を遂げた日本に思いをはせる。「ドイツのように難民を受け入れてほしいとは言いません。ただ、人ごとと思わずにシリアから目を背けないでほしい」

【高校生記者インタビュー】シリアの現状、学校で発表して

 高校生記者がエイハムさんに日本の高校生へのメッセージを聞いた。  
 (聞き手・嶋﨑凜3年)
 

――私たちと同年代の学習環境は?

 6キロごとの距離で状況が変わるくらい、地域によって異なります。秘密警察は、10代の若者が内戦の発端となった革命を起こしたため、監視しています。
 ヤルムークは破壊されていて、勉強している若者はあまりいません。ISが包囲している地域の住民は、強制的に洗脳的な教育を受けさせられます。彼らの目的は戦士を育てること。かなり過激な思想を教え込みます。

――日本の高校生がシリアのためにできることはありますか?

 シリアの現状について知って、学校で発表の時間をつくったり、家族に話を持ち帰ったりしてほしい。たくさんの情報をシェアして、アンバサダー(大使)のような役割を担えると思います。
 SNSなどを使って直接シリア難民の支持を表明することも可能だと思います。写真や気持ちを投稿すれば、あなたの友達、その友達の友達……と広がり、シリアの人につながるかもしれない。他の援助団体が「何か一緒にしましょう」と声を掛けてくれるかも。とにかく、「express(表明すること)」が大事です。若い世代は変化を起こす力を持っていると思っています。

――取材後記――――――――――――――――――――――――――――――

どんな状況に自分が置かれても、少しでも希望を見つけようと努力し、「誰かのために」とポジティブなエイハムさん。過酷な過去を振り返るのではなく、常に明日の、より希望のある生活をひたむきに生きようとするその姿に感動しました。少しでもシリアの状況を知り、伝え、「第3次世界大戦」ともなりかねない、地球で起きている危機として多くの人がしっかり認識する必要があると思います。