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【 最優秀賞 】

「白い花びら」 井之川 帆南(神奈川県立湘南高等学校3年生)


夏の黒にその白はよく映えた
首筋が炭酸を飲み干すやうに震へる
私の家の裏山にやつてくる蛾の大群が
私は大嫌いだつた

しかしどうだらう、かつての博学才穎も眉目秀麗な王子も獣に堕ちた
すべての生き物がもしもいつか貴き人間であつたとしたら
私やみなと同じやうに息をしてゐたとしたら
どうして君を突き放せよう

大群でやつてきた蛾たちは大量に花びらのごとく舞ひ落ちる
またひとひら、君はもう二度と空へ届かない

不可解なほどに温かい車のライトが
徐々に光を強める
白い花びらはそのやはらかな輪郭を
徐々にはつきりとさせる
何度も何度も羽を
何度も何度も
何度も何度も
それは美しく透きとほつてゐた

光は突然に消える

エンジン音は過ぎてふたたびの静寂
君は地から動けずして
小さな風を受け微細に振れる
なんともなんとも羽は
なんともなんとも
なんともなんとも
美しく
濁つてゐた

血は流れなかつた、ゆえそこに潤ひはない
私にはそれがどうも苦しく寂しく思へてならないのだ

 わたしのことでないのだが
 なぜこうおちるこのなみだ
 ふみくだかれたきみよきけ
「よはなれのみのうきよかは」

       .  .  .  .
夏の黒にそのまつしろはよく映えた
蛾の大群は私の家の裏山に
今年もやつてくる

 

 

最優秀賞の受賞コメントは近日公開!

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