レンズから月面反射鏡まで、表面加工技術を研究
まずは眼鏡やカメラに使われる「レンズ」について考えてみよう。良いレンズを使った眼鏡は良く見えるし、カメラであればきれいな写真が撮れる。当たり前のことと思うかもしれないが、それでは「良いレンズ」とは、どのようなレンズのことをいうのだろう。
「レンズの場合、大切なのは加工することによって平滑性や形状精度の高い表面を実現することです」そう話すのは、千葉工業大学 工学部 機械工学科の瀧野日出雄教授だ。
「平滑性とは物の表面が平らでつるつると滑らかであること。形状精度とは形の正確さのことで、形のゆがみといえばわかりやすいかも知れませんね。たとえば、レンズの形にゆがみのある眼鏡をかけると、見えるものもゆがんでしまいます。レンズのように高い付加価値のある製品の場合、その機能は表面の特性によって決まるといっても過言ではないのです」
表面の形・特性が
さまざまな機能を生み出す
“表面の特性によって特別な機能が生まれる”のはレンズだけではない。「例えば何年か前に話題になり、現在は使用禁止になった競泳用の高速水着。着用すると速く泳ぐことができるのは、素材の表面に水の抵抗を減らす特性を持たせているからです。この他、潤滑性に優れた機械部品、歩行の際に滑りにくい床の素材など、表面の形・特性が製品に特別な機能を持たせている例は数え切れません」と瀧野先生は語る。
「言い換えれば、ある製品の表面を今までにない構造にすることで、新たな機能を持たせることも可能なのです」
月面反射鏡に必要な精密さを
イオンビームで実現
なかでも瀧野教授が取り組んでいるのは、眼鏡やカメラのレンズ、ミラーといった光学部品の表面を精密かつ効率よく加工する技術の研究開発だ。
「現在進行中のプロジェクトのひとつに、国立天文台と共同で行っている月面反射鏡の研究開発があります。地球から発射したレーザー光線を月に設置した鏡(月面反射鏡)に当て、反射させて戻ってくるまでの時間を計測することで、月と地球の距離を正確に求めようというものです」
月までロケットで運ぶため、月面反射鏡は軽いことが条件。また反射した光が地球に戻ってくるには、鏡の表面が精密であることが非常に重要になる。
「鏡の表面が精密でないと、光は地球に戻ってくることができません。現在開発中の月面反射鏡は単結晶シリコン製の特殊な三面鏡。その表面をどう精密に加工するかが研究の課題」
実は月面反射鏡自体は、既にアメリカとソ連(現ロシア)がそれぞれアポロ、ソユーズの時代に設置している。「目指しているのは、測った距離の誤差を現在の2cmから2mmにすること。そのためには鏡の表面を、0.1μm(マイクロメートル)の形状精度で加工しなければなりません。1μmは1mの100万分の1。たとえば、鏡の直径(20cm)を、東京と横浜の距離(約30km)にたとえると、形状精度0.1μmは15mmの高さに相当します。つまり、東京と横浜を結ぶ道路を、でっぱりが15mm以下になるように真っ平らに整地しなければならないということです。これほどの精度が要求されるのです」
このため瀧野教授が取り組んでいるのがイオンビームによる加工技術の開発だ。イオンを高速に飛ばすことで得られるイオンビームは、加工面に衝突させると加工面の表面原子をはじき出すことができる。この性質を利用して、鏡の表面を平坦に加工しようとしている。
「削りカスの付着やビームのズレなど、解決しなければならない問題はまだまだ山積。数年後の設置を目指して、日々実験に取り組んでいるところです」
この他にも瀧野先生の研究室では学生たちが地道な研究を積み重ね、さまざまな加工現象の解明に奮闘している。「研磨剤などを使った古くからある加工技術と、イオンビームや放電による先進的な加工技術とを補完して活用し、高品位な製品の実現を目指しています」と瀧野教授。「刃物で鉄鋼材の表面を削る加工などでも、刃物の材質をほんの少し変えるだけで、削れ方がガラッと変わったりする。学生たちにとってはものづくりの神髄を学べる貴重な体験だと考えています」
お話を聞いた先生!
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