緑は私たちの心を和ませ、季節の移ろいや生命の躍動感を教えてくれます。近年は都市化が進み、緑に触れる機会も少なくなりがちですが、実は地面がない場所でも緑を楽しむことはできるのです。都市空間に緑地を創り、守り、育てていく技術を研究している東京農業大学造園科学科の水庭千鶴子准教授にお話を伺いました。

都市の緑をどう創り、守るか

「ここは造園科学科の教員、卒業生、在学生が一緒に作ったんですよ。」そう言って水庭准教授が案内してくれたのは、東京農業大学世田谷キャンパスの中庭だ。木々に囲まれた緑の芝生の上に立つと、心地よい風が吹き抜け、ここが東京の真ん中だとはとても思えない。昨年4月に約3,000平方メートルの更地に2日間かけて芝を張り、その後の維持管理も水庭准教授の研究室の学生も含めてボランティアで行っている。

東京農大の中庭「ユリノキ広場」の作業風景

また、キャンパスに隣接する東京農業大学第一高等学校の屋上庭園も、研究室の卒業生と在学生による力作だ。樹齢100年を超すゴヨウマツなどを配した野点(のだて)のできる和風庭園で、こちらも都心のビルの屋上とは思えないしっとりした雰囲気が漂う。「たとえコンクリートに囲まれた都会に暮らしていても、やはり緑がほしいですよね。私たちの研究室では、屋上緑化や建物を植物で覆う壁面緑化などの技術について研究し、都市空間にどのように緑地を作り、守っていくかを考えています。」

緑は「生きた空気清浄機」

緑は私たちの目を楽しませるだけでなく、暮らしに役立つさまざまな効果ももっている。その一つが空気を浄化する作用だ。「室内の空気中に有害な化学物質『ホルムアルデヒド』を含ませ、観葉植物を置いて実験したところ、植物がこの物質を吸収し、わずか2〜3時間で空気が浄化されました。まさに植物は『生きた空気清浄機』なのです。」また、土壌や水質を浄化する効果もあるという。
 
 水庭准教授が緑による環境改善効果を研究しているのには理由がある。「実家が造園業を営んでいて、子どものころから公園が作られるのをたくさん見てきました。でも、宅地化などでもとからあった緑がすべて伐採され整地されていく様子に、いつか緑が消えてしまうのでは、と危機感を抱いたんです。」緑を守りたい。そのためには、「緑がなくなったら大変だ」ということをみんなに認識してもらわなければ。そんな思いが、こうした研究の原点になったそうだ。
 
 緑がもたらす効果はほかにもある。例えば、屋上緑化をすれば都市の保水力が向上する。近年の「ゲリラ豪雨」のような大量に降った雨水も、屋上緑地にいったん貯めて少しずつ排水することで下水道や河川の氾濫を抑えられる。また、壁面緑化を施せば、真夏でも建物全体の熱上昇を抑制できる。「緑が私たちの生活にいかに役立っているかを伝えることで、『緑は大切なものだ』という思いがみんなの中に根付いてくれれば」と水庭准教授は期待する。

ホルムアルデヒド…建材の接着剤や塗料などに含まれることの多い化学物質で、頭痛や皮膚の炎症といった「シックハウス症候群」を引き起こす。現在は使用制限が設けられている。

 

 人々のニーズに合った緑を創る

植物にとって都市空間は快適な生育場所とは言い難い。ビル風や日照不足、乾燥といった厳しい環境にさらされる上、土壌の質も違う。日本の土壌はもともと弱酸性なのだが、都市部にはコンクリートが多いため、そこに含まれているアルカリ性水溶液が溶け出し、土壌が弱アルカリ性に変わりつつあるのだ。このため適応できる植物も以前とは異なり、ツツジやサツキのような酸性土壌を好む日本古来の植物よりも、オリーブのようなヨーロッパ型の植物のほうが元気に育つそうだ。水庭准教授の研究室では、どんな植物がどのくらい乾燥や寒さ、ビル風などに耐えられるかといった植物の耐環境性を長年研究し、データを蓄積してきた。研究室には緑地開発に関する相談が寄せられることも多く、こうしたデータに基づいて個々の環境条件に最適な植物を提案している。
 
 また、環境条件だけでなく、人々のニーズに合った緑を選ぶことも重要なポイントだ。「この先も緑を守り、残していくためには、みんなから愛される緑を作ることが大切です。最近はクリスマスローズが人気ですが、例えば、日陰を好む植物を日向に植えたいという要望があれば、植物の南側に少し背の高い落葉樹を植えて、夏に日陰を作るといったアドバイスを行い、ニーズに応えます。」
 
 時には、「芝生を屋内で育てたい」(でも、芝生は日光が大好き)、「西日が照りつける場所にモミジを植えたい」(でも、モミジは高温乾燥が苦手)、「狭い空間に大きな木を植えたい」(……)、といった難題が寄せられ頭を抱えることもあるが、みんなが楽しめる緑の空間を作っていくために、これからもさまざまな場面で協力していくという。「緑を守っていきたい。そう思っている人に、ぜひこの研究室で一緒に活動してほしいですね。」