植物は私たちの食を支えるとともに、心に癒しや安らぎをもたらしてくれます。さらに最近は、一度損なわれた心身の機能を回復する手段として、医療や福祉の分野でも活用されています。東京農業大学バイオセラピー学科で園芸療法に取り組む准教授の嶺井毅先生にお話を伺いました。

園芸療法は、障害者や高齢者といった医療や福祉的な支援を必要とする人の心や身体の状態を、植物を育てていくことを通して改善していくものだ。「園芸作業を行う目的は、美しい花を咲かせたり農作物をたくさん作ることではなく、作業を介して『人を治療すること』。このため、園芸だけでなく医療や福祉などに関する知識も必要です」と嶺井先生は話す。

バイオセラピー学科では、そうした分野の科目はもちろん、病院や福祉施設での実習も含めたカリキュラムを設けている。これらを履修することによって、園芸療法を計画し実践する「認定登録園芸療法士」の認定試験の受験資格を取得することができる。

嶺井先生は精神科病院で長年園芸療法に取り組んだ経験をもち、現在は慢性統合失調症患者に対する園芸療法の有効性などを研究している。 統合失調症は、発症当初は妄想や幻覚症状が表れるが、慢性化すると意欲が低下したり感情表現が乏しくなり、外の世界や他者に対する興味を失ってしまう。こうなると薬物療法だけでは改善しにくいため、作業療法・芸術療法・心理療法などを組み合わせていく。その一つとなるのが園芸療法なのだ。

園芸作業はグループで行うが、対象者の障害や病気の状態はそれぞれ異なるため、それらをよく理解した上で、どの部分を改善するかという治療目的を明確にし、プログラムを計画しなければならない。「例えば身体の片側に麻痺がある人には、片手だけで植木鉢に土を入れられるような工夫が必要です。また、無気力状態の患者に対しては、花の匂いをかぐ、野菜を収穫して食べるといった、五感を刺激するところから始める場合もあります」

ところで、園芸療法にはどんな効果があるのだろうか。精神疾患の治療というと、まずカウンセリングなどが思い浮かぶのだが…。「カウンセリングは臨床心理士などが患者と面接を行う、いわば言葉を介した治療です。でも、患者の中には多くを語らない、あるいは語れない人もたくさんいる。『つらい』という一言でさえ言えない人から話を引き出すのは難しいのです」と嶺井先生。

なるほど。では、動物と触れ合うのはどうだろう? 最近はセラピー犬なども活躍しているし…。「動物は感情表現が豊かで、こちらに甘えてくるところが魅力ですよね。この学科でもアニマルセラピーの研究を行っています。でも、慢性統合失調症の患者は、たとえ動物だろうと他者が自分の世界に踏み込んでくることにうまく対応できない人が多いんです。その点、植物は感情を表さないし、干渉してくることもない。慢性統合失調症の治療としては、物言わぬ植物と静かに関わるほうが適していることもあるのです」

植物は時間や季節のゆるやかな流れの中で、芽を出し、花をつけ、実り、命を終え、再び芽吹く。その過程は人間のライフサイクルと重なるため、患者が自分の感情を投影しやすい。こうした点も植物を扱うメリットだという。もちろん、生き物だから世話を怠れば枯れることもある。「園芸療法が万能だというわけではありませんが、植物を育てていく中で自然との一体感や生命を育む責任感を感じられる。それは、豊かな感性を取り戻す助けになるはずです」。実際、それまで一言も話さなかった統合失調症患者が、園芸療法を続ける中で言葉を発するようになった例も多いという。それは社会復帰への大きな一歩に違いない。

「障害をもつ人が園芸を通して笑顔を取り戻していく姿は、大きなやりがいを感じさせてくれます。植物はもちろん、人と関わることが好きな人に園芸療法を学んでほしいですね」