誰かが家に帰ってきたとき、玄関の開け方や歩き方で、「これはお母さんかな?」と、予測をすることはそれほど難しくないだろう。さらに、その歩き方や足音で、「疲れているな」「何かいいことがあったかな」と感じとれることだってあるはずだ。足音(歩き方)で“誰かわかる”“気持ちを察する”ことができるのは、われわれ人間だけと思われてきたが、コンピュータもそうしたことができる時代が近づいてきている。
これを実現するのがコンテキスト・アウェア・システム。文脈を認識する、というような意味で、相手のニーズや行動パターンを先読みして、効果的な情報やサービスを提供する技術のことだ。システムの前提は、集められた膨大なデータ(ビッグデータ)から個人や状況を識別できる特性がコンピュータにあること。たとえばAmazonの商品ページを開くと、自分の好みにあった商品が「おすすめ」として表示される。これは、その人が過去に購入、検索した書籍のデータを、傾向が似ている他の人のデータと照らし合わせ、「この本が好きならこの本も好きだろう」とコンピュータが識別している。コンテキスト・アウェア・システムは、すでに文字情報の利用という部分では実用化されているのだ。
加速度センサーで揺れの情報を収集
「ほかにもGoogle、Facebookといった大手IT系サービス企業は、音声・画像など、さまざまな情報をビッグデータとして蓄積し、コンテキスト・アウェア・システムに利用しています」と話すのは千葉工業大学 情報科学部 情報ネットワーク学科の眞部雄介准教授。眞部准教授が取り組んでいるのは、人間の行動や動作をデータとして蓄積し、人物を識別、特定する研究だ。
「行動や動作は千差万別なうえ複雑なため、個人を識別することは簡単ではありません。そのままではゴミ同然のようなデータから、本質的な情報をどう取り出していくかが工夫のしどころ。その中で、スマホに搭載された加速度センサーで収集した“歩き方(=揺れ)”のパターンから『今このスマホを持って歩いている人はAさんに違いない』と個人を識別することができることがわかり、研究を続けているんです」
“揺れ”に関するデータは文字情報よりはるかに膨大だ。同じAさんでも、スマホをバッグに入れて持ち歩くのか、ポケットに入れるとしたらそれはどんな洋服のポケットなのかで揺れはずいぶんと変わってくる。「この分野では現在、世界中の研究者がさまざまに条件を変えてデータを収集し、検証している段階。精度を高めるための研究にあの手この手を使って取り組んでいるのです」
学生もアイデアを出し合い、識別するためにはどんなデータが必要で、どんな処理をすればいいのかを日々検証している。
「スマホをポケットに入れ、実際に歩いたり階段を昇ったりしてデータを収集。収集したデータを共用して、精度を測るといったこともしています」と眞部准教授。「何を見れば何がわかるのかを探すのがこの研究の面白さ。スマホをポケットからヒュッと取り出し、フリック認証する―その一連の動作から個人を識別しようという学生のアイデアが研究成果につながったこともあります」
高度なスマートホームの実現にも貢献する
こうした研究の成果は、たとえばセキュリティの分野で応用することができる。「スマホのセキュリティロックはたかだか4桁〜6桁のパスワードやフリック認証で、盗まれたり落としたりしたときにロックが外される可能性も高い。近い将来、揺れによるコンピュータの個人識別が『使おうとしているのは本当に持ち主なのか』を補足する技術となるのは間違いありません」と眞部准教授。「ひとつの特徴だけでその人を100%認識するのは難しくても、その人らしさが含まれている情報をたくさん集めて組み合わせ、特定する―そういう応用のされ方がまずは主流になっていくと思います」
さらに、いま部屋のなかで動いている人が誰なのか、何をしようとしているのかをコンピュータが認識できれば、家主が近づくと自動的にカギが開くドアといった高度な「スマートホーム・スマートリビング」や、高齢者や子どもの見守りにも応用できる。個人識別の研究はそういった分野への貢献も期待されている。
「目には見えないけれど常に自分を見守ってくれて、ふっとしたときにそいつがやってくれて大サンキューといいたくなるような、いわば“気配りシステム”の実現につながればと考えています」
お話を聞いた先生!
眞部雄介准教授
情報科学部 情報ネットワーク学科
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