応募総数15,728作品が寄せられた國學院大學・高校生新聞社主催『第28回全国高校生創作コンテスト』。各賞ならびに学校賞が決定しました。応募数の詳細と各賞の結果は以下の通りです。
- 【応募総数】
- 15,728作品
- ・短篇小説の部:769作品
- ・現代詩の部 :855作品
- ・短歌の部 :5,876作品
- ・俳句の部 :8,228作品
団体賞
- 【文部科学大臣賞】
- 神奈川・慶應義塾湘南藤沢高等部
- 【特別学校賞】
- 兵庫・灘高等学校
短篇小説の部
- 【最優秀賞】
- 「あるく桜前線」 黒須 さくら (東京都立三鷹中等教育学校 3年生)
- ★作品はこちら★
- 【優秀賞】
- 「正しい線の引き方」 佐々木 由宇 (東京都立南多摩中等教育学校 1年生)
- 「いさしかぶり!」 瀬戸 ことね (神奈川・聖園女学院高等学校 1年生)
- 【佳作】
- 「魔法の指」 藤井 あかり (島根県立松江南高等学校 2年生)
- 「だいだらぼっち」 兪 鐔欣 (千葉・渋谷教育学園幕張高等学校 1年生)
- 「星々と漫才」 山田 ひなの (愛知県立時習館高等学校 2年生)
- 「100ひく7」 吉田 翔梧 (神奈川・慶應義塾高等学校 3年生)
- 「アクアリウムという星の下で眠る」
香川 陽菜 (横浜市立横浜サイエンスフロンティア高等学校 3年生) - 【入選】
- 「音」 迫 玲那 (東京・白百合学園高等学校 2年生)
- 「雨音と嫌悪」 宇都宮 灯 (東京・国士舘高等学校 3年生)
- 「想いをコーヒー一杯分」 中谷 怜 (茨城県立日立第一高等学校 2年生)
- 「父の記憶」 垣内 遥月 (北海道函館中部高等学校 3年生)
- 「私の大切な友」 舘岡 さやか (埼玉県立浦和第一女子高等学校 1年生)
- 「花を弔う」 藤井 翼 (東京・香蘭女学校高等科 2年生)
- 「あの日と同じ星を」 山賀 凪紗 (宮城県仙台第三高等学校 1年生)
- 「霰、雹、霙、」 生方 さくら (神奈川・慶應義塾湘南藤沢高等部 2年生)
- 「封蝋から愛をこめて」 渡邉 美彩 (埼玉県立所沢北高等学校 2年生)
- 「ストーリーテラー」 津村 日奈子 (神奈川・慶應義塾湘南藤沢高等部 2年生)
現代詩の部
- 【最優秀賞】
- 「喋らない青年と喋れない老人」
田中 理紗子 (海外・Institut Auf Dem Rosenberg 2年生) - ★作品はこちら★
- 【優秀賞】
- 「あたし、17歳」 西寺 芙美加 (さいたま市立大宮国際中等教育学校 2年生)
- 「プールルーム」 佐藤 柚花 (愛知・同朋高等学校 3年生)
- 【佳作】
- 「空蝉」 阿部 花恋 (愛媛県立今治西高等学校 2年生)
- 「もやもや」 島田 道峻 (東京・海城高等学校 2年生)
- 「なかよしクラブ」 山口 莉緒 (広島・AICJ高等学校 2年生)
- 「合唱」 西川 まい (東京・白百合学園高等学校 2年生)
- 「空色の夢」 馬場 瑛大 (京都府立西城陽高等学校 2年生)
- 【入選】
- 「青い魔法の中で」 森田 愛梨 (東京・女子学院高等学校 2年生)
- 「夜、アイスを買いに。」 日名 祥也 (岡山・津山工業高等専門学校 3年生)
- 「あの夏の空へ」 菊池 大和 (岡山・津山工業高等専門学校 2年生)
- 「ソーダ日和」 小田 彩瑛 (岡山・津山工業高等専門学校 2年生)
- 「下る日」 髙松 葵 (愛媛県立今治西高等学校 2年生)
- 「メルト」 馬塲 杏奈 (東京都立上野高等学校 3年生)
- 「打上花火」 西原 大智 (愛媛県立今治西高等学校 2年生)
- 「頬」 林 香澄 (埼玉県立浦和第一女子高等学校 3年生)
- 「桜の雨」 加藤 湊人 (兵庫・灘高等学校 3年生)
- 「鎮魂歌 (一九四五年八月六日)」
富田 隼ノ介 (東京・渋谷教育学園渋谷高等学校 2年生)
短歌の部
- 【最優秀賞】
- 川畑 陽平 (福岡・西日本短期大学附属高等学校 3年生)
- あと一つどんな球でもつかみ取る仲間が必死に投げてきたから
- 【優秀賞】
- 「古文書の解読学び過去を知る歴史受け継ぐ地域探求」
森 翔吾 (岐阜県立関高等学校 2年生) - 「平安の歌人名に負うむらさきに止まる蜻蛉としばし語りて」
- 廣瀨 天音 (茨城・茨城高等学校 3年生) ※廣の字は、广の中が黄の旧字体
- 【佳作】
- 「初夏の田は神様がした七並べ端から端へ風はめくって」
- 佐藤 日和 (宮城・常盤木学園高等学校 2年生)
- 「何もかも五つの星で決める世の夜空の星は幾千万も」
- 春山 天 (山形県立致道館高等学校 3年生)
- 「気づいたらチラ見している僕がいる僕の気持ちは千本桜」
- 大関 郁匠 (北海道登別青嶺高等学校 3年生)
- 「突然の大きな地響き母は言う「オスプレイだよ」慣れていいのか」
- 岸本 華 (沖縄県立名護高等学校 3年生)
- 「涙見せぬことは強さかと問うようなニホンオオカミの剥製の義眼」
森口 夕理香 (東京・渋谷教育学園渋谷高等学校 2年生) - 【入選】
- 「今は夏飛行機雲になりし祖父機長の昔に想いを馳せて」
- 岡田 ひよ乃 (神奈川・横浜雙葉高等学校 3年生)
- 「我走る燃ゆる太陽背に抱え0.1秒縮めるために」
- 辻 美結 (千葉・市川高等学校 2年生)
- 「おはようと君のあいさつそれだけでその日は常に2ミリ浮いてる」
- 荒殿 こころ (鹿児島・志學館高等部 3年生)
- 「手の平のばんそうこうも煌めくの努力の結晶私のジュエリー」
- 森 結菜 (福岡・九州産業大学付属九州産業高等学校 1年生)
- 「無理だろと周りは君に言うけれど無理でも挑むそれが財産」
- 李 𤋮征 (東京・東京朝鮮中高級学校 2年生)
- 「友達と話さず1人睨めっこ真の願いは短冊の裏」
- 井口 陽香 (神奈川・横浜隼人高等学校 1年生)
- 「ゆっくりと監獄めいてく惑星で希望はきみのかたちをしている」
- 羽渕 陽菜乃 (名古屋市立名東高等学校 3年生)
- 「本の秋栞片手に大正へタイムマシンは僕には不要」
- 栗田 夏希 (茨城県立水戸第二高等学校 2年生)
- 「復興の報道のうらに独力でがれきを拾う老婦の背中」
- 齋藤 若颯 (兵庫県立篠山鳳鳴高等学校 3年生)
- 「コツコツと働く母へカーネーション枯れても捨てぬ母の思いよ」
- 多田 太志 (兵庫県立伊丹高等学校 3年生)
俳句の部
- 【最優秀賞】
- 伊佐 綾乃 (沖縄・興南高等学校 2年生)
- 風車混ざることなき色ふたつ
- 【優秀賞】
- 「路面の鯨幕蝉の翅ひとひら」 酒井 瑞生 (東京都立立川高等学校 1年生)
- 「夏深し祖父の机の露和辞典」
柳井 仁 (神奈川・慶應義塾湘南藤沢高等部 2年生) - 【佳作】
- 「黒髪をやはらかに結ふ花の雨」 武藤 理央 (群馬県立高崎女子高等学校 1年生)
- 「終列車言葉交わさず賢治の忌」 原田 晋之介 (長崎・長崎南山高等学校 3年生)
- 「霹靂神停電とシャンプーの甘味」
塚本 凛 (埼玉県立浦和第一女子高等学校 2年生) - 「秒針もぬらぬら動く炎天下」 本田 七菜 (熊本県立熊本高等学校 3年生)
- 「赤本とリップクリーム冬隣」 西森 結海 (大阪・関西大学第一高等学校 2年生)
- 【入選】
- 「秩序無き祭りの後の蝌蚪の水」 岡本 龍太郎 (兵庫・灘高等学校 3年生)
- 「針金のまつすぐならぬ暑さかな」
平野 直太郎 (岡山県立岡山朝日高等学校 2年生) - 「人魂のポポポポポポと春の闇」 佐藤 拓智 (東京・海城高等学校 2年生)
- 「星月夜母のにほひのフルートは」 野村 颯万 (愛媛県立今治西高等学校 2年生)
- 「掃除機のホースのかたさ涼新た」 田村 謙悟 (兵庫・灘高等学校 3年生)
- 「しゃぼん玉吹く牧場の木陰から」
岩田 侃大 (鳥取・湯梨浜学園高等学校 2年生) - 「口笛や長閑に廻る風見鶏」 山本 理貴 (愛知・名古屋高等学校 1年生)
- 「風邪の人昼のアニメに笑ひけり」
白濱 遼平 (神奈川・慶應義塾湘南藤沢高等部 3年生) - 「死球浴び拳突き上ぐ夏の空」
安田 悠月 (福岡・西日本短期大学附属高等学校 2年生) - 「歩道橋塗装の剥げと蛾の死骸」 土居 かえな (埼玉・星野高等学校 1年生)
短篇小説の部 最優秀賞作品
- 【あるく桜前線】
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加堂先生は歩く桜前線だ。先生が歩くと道ゆく花が綻ぶ。先生が歌うとつぼみが芽吹く。あと歯が花でできている。どうして「そう」なのかは、遠慮して聞くことができない。
少なくとも先生は、とりあえずはちゃんとした生物教師をしている。おっとりした口調だが、がたいが良く声も渋い。新入生は口を揃えて「白衣を着た体育教師」と勘違いする。
僕たちのクラスに加堂先生がやってきたのは、担任が産休に入ったその代打としてだった。始業式の日、その前日に雨でほとんど散ったはずの桜は、校歌斉唱の途中で新たにつぼみをつけ、あっという間に開花してしまった。僕たちは好奇心を抑え、バカ真面目に歌っている新担任をちらりと盗み見た。どうしてそんな不思議なことが起こるのだろう、と時代錯誤な騒ぎ方を僕たちはしない。それでも気になるので加堂先生をまた横目で追う。ただでさえ大きい口をさらに開けて歌っているので、口の中の歯――――花――――がかなり見える。ピンクや黄色や淡い紫のカラフルな口内に僕たちは安堵した。悪い人ではなさそうだ。
それからというもの、やたら形も色も良い花があちこちの花壇で散見され、窓から風が吹き込むと必ず何かしらの花びらが届くようになった。十中八九担任の不思議な性質によるのだが、特に害もないので皆陽気に過ごしていた。ある時女子がそれとなく「教室のチューリップも可愛いけど、新しいお花も見たいですね」なんて言った時、厳つい体育教師もどきは、
「そうだねえ、違うお花も見たいよねえ」
とぼんやり笑った。さすがに先生は皆の前でマジックショーなどしないだろうと高を括っていると、不思議な芳香が僕たちを掠めた。あろうことか白衣のマジシャンは、どこからともなくユリの切り花を取り出し、さっと花瓶に生けてしまったのである。以来僕たちは先生の特質との距離感を掴みかねている。
加堂先生の「花」のこと、僕たちはどこまで聞いていいんだろう?クラスメートは「直接的な発言は控えるが、先生と花の話を楽しむ人」と、「彼の地雷を踏まないように、普通の人間として接する人」に二分した。前者にはコミュニケーション能力の高い男子か、女子が多い。僕は後者だ。とりわけ植物に興味もないし、水やりなんて奇妙なこともあまりしたくない。
ところが学級委員の肩書きを背負った僕を、加堂先生はたいそう信頼しているらしい。
「俺ね、パンケーキ、食べてみたいのよ」
ある時白衣の体育教師はそう告白した。パンケーキというチョイスにも驚いたが、僕は「食べてみたい」の方に気を取られていた。この人、「食べる」ことができるのか。
というのも、あの「歯」でどうやって咀嚼するのかさっぱり見当がつかないのである。そもそも加堂先生が何か食べているところを見たことがなかった。水は飲むようだが、僕たちはてっきり、光合成か何かで腹を満たしているのだと思い込んでいた。となると、あの花でできた「歯」が歯として機能するのか聞かなければならない。どうにかして遠まわしに聞けないものかと悩んで口を開いた。
「甘いもの、お好きなんですか」
「そもそも噛めるかわからないんだけどねえ」
突然の核心をついた返答に、どきりとしつつも安心し、そしてまた焦った。噛めるかわからないならなぜ食べようとするのか。花の蜜は好き、と先生はふんわり笑っている。ここで質問を重ねると失礼かもしれないと思い、さりげなく話をそらした。
「そういえば先生の歯、綺麗ですよね」
すると先生は例の大きな口をあんぐり開けて僕に見せた。無理やり歯医者の跡取りにされたみたいな気持ちになった。
「奥歯からね、カーネーションでしょ、バラ、アネモネ、ストック、フリージア、スイートピー、ベゴニア、シクラメンだよ」
歯にしては本数が少ないな、と気づいた。花が大きいためであろう。小ぶりな咲き具合とはいえ、真っ赤なバラは僕の歯の三本分くらいあった。上下の歯は種類を揃えた色違いになっており、咬合は問題ないとみた。
「三島くん、歯医者さんみたいだねえ」
そういって患者が笑い、やっと大きな口を閉じたので、僕は診察を終了した。
「食べたらお花、傷つきませんか」
すると加堂先生は一瞬言葉を詰まらせた。しまった、と僕は息を止める。これだけ多様性の時代になって、先生のような不思議な体質の人が増えても、大っぴらに言及することはやはりタブーであるのだ。
ところが加堂先生は世慣れした様子で、生えてくるから大丈夫、と答えた。
処世術――――僕はそう思った。正しい日本語かどうかわからないけど、これが「慣れ」なのか、と素直に尊敬した。彼もその不思議な体質に悩んだことがあるに違いない。気を遣い遣われるうちになんだか壁ができてしまうものである。僕は先生に興味を持った。
「わかりました。行きましょう、パンケーキ」休日、学校から離れたところのパンケーキ専門店で待ち合わせをした。白衣ではない加堂先生を見るのは実に初めてだった。先生はにかりと花畑を見せて笑う。「楽しみです」
筋骨隆々の生物教師は、道中パンケーキ、パンケーキと口ずさんでいた。それに呼応するかのように、街を彩る花々が潤ったようにきらめきを増す。つられて歌いそうになった。すっきりとおしゃれなパンケーキ屋の雰囲気に予想される通り、女性客ばかりだったので、さすがの加堂先生もどぎまぎしていた。二名様ですかと聞かれ、はい、と僕が答える。
「三島くんは場慣れしていますねえ」
「うち、女系なもので、姉も妹も多くて」
「そうなんですねえ」
水とメニューが届く。先生の心を捉えたのは、さくらんぼと食用花がカラフルに乗ったパンケーキだった。なんだか共食いのような気がしてならず、そわそわしていると、先生がこちらに視線を寄越した。僕は弁明する。
「その、先生って、花食べて大丈夫かなって」
先生は、食べますよ、ときょとんとした。
「人魚だって魚を食べるでしょう」
そう言って目の前の担任は、まっすぐ僕を射抜いた。予想外の鋭さに、いや、まあ、そうなんですけど、と僕は言葉を濁す。
「きみはそうやって気を遣うけど、きみのこと全く教えてくれないわけじゃないのね」
加堂先生はメニューに視線を戻して続けた。
「なんかねえ、俺のお花のことさ、すごく気を遣ってくれるのわかるのよ。必要以上に踏み込んでこないっていうか」
水の入った二つのグラスに、花びらの入った氷がからんと音を立てて現れる。
「でもね、話してるうちに、きみの方が踏み込ませてくれないみたいな、そういうのを感じるんだよね。昔嫌な思いをしたのかなとか考えちゃってさ。こんなご時世だからねえ、怖がられないのはいいけど、変な壁ができちゃうのも、お互い苦労するよねえ」
お互い、と先生は断言した。そのとき店員が近づいたので、先生と違うパンケーキを頼んだ。店員が去って、僕は先生に向き直った。
「いつからわかってたんですか」
「チューリップの水やり当番のときかな、土に水かけるように教えたでしょ。きみはかなり上から水やりしてたのに、お花どころか茎も葉っぱも濡れてなかったんだよね」
気づかれていたのか、と僕は驚いた。高い位置から水やりする皆に倣い、同じ高度から土だけが吸水するよう調整していたのである。
「面白いことができる子だなって思ったよ。でも隠してるみたいだし、あんまり触れてこなかったんだけど、それはきみなりの優しさだったんだねえ」
優しさ、と僕は反芻した。大きなパンケーキをトレーに乗せた店員が近づいてくる。
「お待たせしました、チェリーとエディブルフラワーの――――あっ」
店員が体勢を崩した。パンケーキを死守したトレーから、グラスが身を投げ出す。しかたなく僕は口を開けた。先生よりも大きく。
溢れるはずの水がみるみる僕の口に吸い込まれるのを、先生はにこにこ見ていた。店員は少し驚いた後、丁寧にお礼を言って戻った。
「ね、大丈夫でしょ。世界は広いんだから、隠さなくてもきみを受け入れてくれる人はちゃんといるんだよ」
僕はそれには答えず、塩っけがなくて飲みにくかったです、と返した。
「塩っけと言えばね、実はね、きみちょっと磯の香りがするのよ」
え、と思って腕に鼻を寄せた。自分の匂いはわからない。園芸に塩害は天敵だと思い出して不安になったが、担任は平気そうである。これでばれたのかと呆れてしまった。
「世界って広いんですね」
「でしょう?」先生は結局、小麦粉の塊を噛めなかった。フラワーだからいけると思ったんだけどなあ、と寒い洒落をかましたので笑ってしまった。彼は密かに持ち出したさくらんぼを丁寧にハンカチにくるんでいた。発芽させるつもりらしい。歩く桜前線は楽しそうだった。
「まだなんか食べる?」
桜前線はスーパーの前で立ち止まった。入口の花コーナーが輝いている。パンケーキみたいだった。僕は桜前線を見上げて言った。
「トレーいっぱいのお刺身、食べたいです。たんぽぽなら先生も食べられるでしょ」
現代詩の部 最優秀賞作品
-
【喋らない青年と喋れない老人】
- あの人と話すと今まで考えていたことが、スルスルと
口から糸を引いて、自分でも信じられなかった。
今まで、どうにも口の中で言葉がからまっちゃって。
猫の口から出る毛玉みたいなのを、ペッて
吐くぐらいしかできなかった。
会話ってキャッチボールなんだ、なんて言われても
運動音痴で会話音痴な僕には、とてもハードルが高い話。
ボールすら怖いし、つき指しそうで怖いし、
下手したら自分の手からスカっとボールはすり抜けて、
頭にデンってぶつかりそう。
別に話しをしている相手が嫌いとかじゃないんだけどさ、
言葉を出そうとすると、喉の奥に ボールがつまって、すぅっと空気だけがもれる。
多人数の時は、個人の意見をそこまで求められないから良いんだけど、一対一だと
どうも、やりづらい。
目もまともに合わせられない。あの、ランランとした目に僕は萎縮してしまう。
人は大して僕なんかに興味なんてない、僕が自意識過剰なだけっていってもさ、
そんなの絶対に当たらない的外れな意見。
傍から見ると、当たっているようにみえるけどさ、残念ながら僕には当たらない。
「僕は人と話すことが苦手なんです」
答えを言えない祖父に僕は言う。
祖父は元々、寡黙な方で僕は祖父と話す時だけは緊張しなかった。
昔は剛腕だなんて言われて恐れられていたらしいけど、
僕から見た祖父はキリっとしていて荘厳で、気難しくて、賢くて、愛情深い。
毎日送ってくるメールには必ずスタンプを付けてくれる、
かわいらしいところもある。
僕はまじめに、それに毎日返信している。
便りのないのは良い便りだなんていうけど、僕の祖父は逆だ。
祖父の喉には穴が空いている。
500円玉より少し大きい穴。
そこで息を吸ったり吐いたりしている。
なんか色々理由があって祖父は3ヶ月程前、
障害者になった。
「・・・」
返事はない。祖父は話せないから当たり前。
「ピロリン」
携帯にメッセージが入った。
『あせらず、ゆっくりと(^_^) 今日も安全に気をつけて、楽しくね♬。祖父』
『これ、あげるね』
祖父はその後、僕に自分のメガネをくれた。
世界が強くボヤけたかと思ったら、
そんなことは全くなくて、度なしメガネらしい。
老眼鏡かと思ってたけど、伊達メガネだったのか。
70歳で伊達メガネは少し痛い。
メガネ越しに見た世界は変わらないけど、壁があるみたいだ。
メガネがくもるから、マスクを外したら、言葉がこぼれた。
ご応募いただき誠にありがとうございました。
本コンテストは来年も実施予定です。詳細は2025年4月以降に発表いたします。
國學院大學ホームページにも受賞結果を掲載しています。こちらからご覧いただけます。