現代社会では、空気や水と同様に生活に欠かせない存在である「電気」。電気工学は、そんなとても身近な電気をもとにした研究分野であり、環境問題や未来の発展にも不可欠で、革新的な技術が日夜研究されている。今回は、中高生の進路選択に役立つ大学や研究室の情報も発信している「パワーアカデミー」の協力で、中央大学 吉田研究室の3人の学生に話を伺った。
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話を伺った研究室:中央大学 吉田研究室
有機・バイオ電子工学を専門に、機械・生物・化学・材料・マイクロナノマシン工学など異分野の技術を取り入れたユニークな研究を行っている吉田研究室。2020年4月に誕生したばかりの若い研究室で、近未来の研究に生き生きと取り組んでいる姿が印象的でした。
※2023年12月現在。文章中の敬称は略させていただきました。
世に出ていない面白い研究をやりたい
ー電気工学を志望された理由を教えてください。
原:大学入学前からロボットなどに興味があり、これに関わる分野について学びたいと思っていました。一括りにロボットといっても多様な分野がありますが、ソフトウェアや電子回路などの「中」の部分が重要だと考え電気工学を志望しました。中学の頃から数学や理科が好きで、高校1年生位には理系として進路を決めました。
ー吉田研究室(以下吉田研)に進まれた理由を教えてください。
原:私は手を動かすことが好きだったので実験系の研究室に進みたいと考えました。その中で吉田研は、紹介ムービーや研究内容を見た時に、世に出ていない新しいものに取り組んでおり、すごく面白そうだと感じたことがきっかけです。
ー南波さんはいかがですか。
南波:もともと小さい頃から科学や数学に興味があったので、理系に進むことは自然と決まっていました。電気工学を選んだ理由は、スマホやパソコンなどの電子機器関係が好きだったので、その中の仕組みを学びたいと考えたからです。また、就職に有利で、どんな業界でも電気系の技術者は必要とされていることも大きかったです。
ー吉田研に進んだ理由はいかがですか。
南波:研究室配属の際に、吉田先生が研究室のプレゼンをされており、すごく先進的な印象を持ったことが大きな理由です。有機材料で電子回路素子を作ったり、細胞を培養したりするなど、従来の電気工学のイメージを超えたことに取り組まれていて、面白そうだと思い吉田研を選びました。
ー学部4年生の岡さんはいかがですか。
岡:もともと理系へ進むことは漠然と考えていました。その中で、大きく理学と工学のどちらを選ぶか考えた時に、理学は理論を突き詰める印象があり、工学の方が肌に合うと思ったのです。工学の中では、大学に入ってからの選択肢が広い分野に進みたいと思って、電気系に進みました。
ー吉田研を選んだ理由も教えてください。
岡:学部 1年の時に、10人位の電気系の先生による総合概論の授業がありました。その中で吉田先生が「柔らかくて濡れている電子機器」という比喩で有機電子デバイスを表現しており、とても頭に残ったのです。その後吉田研のWEBサイトを見て面白そうと感じたこと、吉田先生と実際にお話をして、若い先生であり、ワクワクできる研究ができると思ったことが決め手になりました。
有機物の半導体素子でバイオセンサをつくる
ー原さんの研究内容を教えてください。
原:炭素を原料とする有機高分子化合物を用いて、半導体素子であるトランジスタを作製する研究に取り組んでいます。この研究が達成されると、薄くて柔軟な電子回路の形成やバイオセンサでの応用が可能になります。
ートランジスタの材料を変えるということですか?
原:はい。そうです。トランジスタは通常、シリコンなどの無機物でつくられています。それには“蒸着法”という、高温で金や銀を気体にして基板に薄膜を形成する技術が必要です。しかし、その技術は、設備自体が大がかりになり、高コストになるといった課題があるのです。
ーそれで新たな作製方法を研究しているのですね?
原:ええ。有機高分子化合物を使えば、設備を小規模化できると同時に、生産スピードが速くなり、コストを抑えられます。紙が印刷されるかのように薄く作ることができ、なおかつ有機材料なので肌に取り付けやすく、基板も柔らかいものになるという画期的なトランジスタになります。
ーすごいですね!具体的にどのような良い製品が生まれるのですか?
原:例えばですが、今、折り曲げられるスマホが出ていますが、腕に貼り付くスマホのようなものも可能と考えられます。実際に、私たちがターゲットにしているのはバイオセンサです。人がパッチのようなものを身に着けて体内を計測できるセンサで、これまでにない精度が期待できます。また、病院などでは、患者に異常が生じたらナースセンターなどと直接情報がやりとりできるセンサ機器としても使えるのではないかと考えています。
ー夢がある研究ですね!もし実現するとしたらいつ頃になるものですか?
原:今は基礎研究の段階ですが、最近ようやく目標のトランジスタが完成しました。オール有機物の半導体だと、正直10年後よりもさらに先の20年先、30年先になるかと思います。一番の課題は無機物と比べた時に、有機物は電気的に有利な特性が出にくいことで、材料や構造などをまだまだ研究していく必要があります。
バイオ燃料電池で投薬を促進させるパッチ開発
ー南波さんの研究内容を教えてください。
南波:簡単に言うと、投薬を促進させるパッチを開発しています。皮膚に微弱な電流を通電させることで薬剤の経皮吸収を促進させる「イオントフォレシス」と呼ばれる技術があり、この技術を用いた装置は既に実用化されています。この装置を、絆創膏ほどの大きさに小型化して使いやすいパッチ型としつつ、バイオ燃料電池という有機素材の電池を用いて環境負荷の少ない機器を作ることを目指しています。現在のイオントフォレシスは大がかりな装置でやっているので、パッチで手軽に貼って投薬できれば、医療の進化に繋がります。
ーバイオ燃料電池っていうのは、具体的にどういうものですか。
南波:研究しているのは、糖を燃料にして発電する燃料電池です。高強度で大変薄いカーボンファブリック(炭素繊維)を使って薄い燃料電池にしています。それをパッチにして使用します。
ーなるほど。課題はどんなところにありますか。
南波:バイオ電池なので発電出力が小さいことが大きな課題です。研究の進捗としては、パッチは完成していますが、次のステップとして、どの位薬が浸透するか実験しています。実際の人間の皮膚は使えないので、ゼラチンを使って皮膚を模しています。
ー研究をしていて印象的だったことは何ですか。
南波:電池の直列化の方法について研究していたとき、ぱっと思いついたアイデアを試したら今までよりもうまくいき、一つのひらめきで研究が大きく進むことを知りました。その経験から論理的に考えるだけでなく、研究を多角的な視点を持って行うことができるようになりました。
電気ウナギの発電方法を模して有機物の電池を開発
ー岡さんは学部4年なので4月から研究を始めてもうすぐ1年ですね。研究内容を教えてください。
岡:電気ウナギの発電方法を模した電池について研究しています。発電出力や耐久性、保水性などが最適なものになるように色々と実験しています。
ーどうして、そのような研究をやっているのですか?
岡:現在、電池や電子部品のゴミ処理は世界的な問題になっています。電池は金属やレアメタルなどが入っており、適切な処理をしないと、地球環境や生物に対して悪影響を及ぼすからです。そこで無機物ではなく、有機物の電池を研究しているというわけです。ゆくゆくは体内に入れる医療機器を、有機物の電池で動かせたらと考えています。
ー面白いですね。電気ウナギというアイデアはどんなふうに思いついたのですか?
岡:吉田先生の薦めで、海外の論文などを読むと同じような考えを持っている人が結構おり、実際に試作してみてこのアイデアが発展しました。今は電池をつくる前段階の、電池の特性を測る測定装置の開発に取り組んでいます。
ーなるほど。研究で印象的だったことは何ですか。
岡:研究が予定通りには進まないことですね。ゲル電池をつくるために、3Dプリンターを使ったことがあります。自分で一から使い方を学んだのですが、実際に使ったら故障するなどのトラブルがあり、試作ができるまでの作業が想定よりも長くなりました。
近未来な研究室はコミュニケーションが盛んです
ー研究室はどんな特徴がありますか。
原:近未来的な研究をしている研究室だと思います。私たち以外では、ベイマックスのような柔らかいロボット作りを目指すグループ、人工脳をつくろうとしているグループなどがあって本当に夢のある研究室だと思います。
南波:私も同じです。電気系ではめずらしく無機材料を使わずに、有機材料やバイオ材料を用いた電子デバイスの開発を行っています。今までにない新しい技術を学べるのが特徴です。
原:有機・バイオの知識は学科ではほとんど勉強してないので、入ってから学ぶことがすごく多いです。
岡:一人一人に必ず机と椅子があって自分のペースで研究が進められます。2年後には新しい校舎になるので、きれいな研究室になるのも魅力だと思います。残念ながら自分の卒業後になりそうですが(笑)。また、医療系の研究も他大学と共同で行っています。
ー研究室の皆さんと、どのようなコミュニケーションを取っていますか。
原:先生とは1カ月に1回のゼミで話したり、先生の居室に質問に行くこともよくあります。学生同士は、同期とは居室が同じなので雑談したり、ご飯に行ったり、飲みに行ったり。後輩とも実験室で雑談しています。
南波:普段は各々が自分のペースで研究に取り組んでいて、定期的に研究テーマの近いメンバーと先生で集まり、研究の経過を報告し合っています。
岡:先生とはゼミではもちろんのこと、実験中に質問があるとすぐに話すようにしています。先輩に対しても気軽に質問できる関係です。先日は、学祭の終了後に原さんの企画で、先生の誕生日を祝ったりしました。
原:ケーキなどを選んで買いました。あとは、ご家族用に先生プラスお子さん用のプレゼントも買いました。そういうイベントも積極的に企画しており、楽しい研究室ですね。
ー平均的な一日のスケジュールをお教え下さい。
原:私は一人暮らしをしているのと、朝があまり得意ではないので、午前中は家事や雑務など自分の時間に充てています。午後から大学へ来て、平均して21時頃まで研究しています。アルバイトがある日は17時位までです。学会で忙しいときは夜遅くなるときもあります。
南波:私も同じで、午前中は筋トレやランニングをしていて、その後、大学へ行ってお昼ごろからずっと研究を進め、18時ごろに家に帰ることが多いです。
岡:私は学部4年生ですが授業は全部取り終えたので、基本的に研究です。午前中は前日の測定データをグラフ化したり、モデリングソフトで設計図を描くなど、自宅のPCでできる研究や作業をしています。午後から研究室にいることが多いです。
ー研究以外で打ち込んでいることはありますか?
原:美術館や映画館へ行ったりしますが、一番はライブに行くことです。今後は海外旅行へ行くことも考えています。遊んでいる時にアイデアを思い付くこともあるので、研究以外にもアンテナを張った方がいいと思っています。
南波:趣味は筋トレで、大学2年生のころから始めて今でも続けています。筋トレは、学会などで忙しくても継続しています。頭が働くようになるのでお奨めです。
岡:散歩と映画です。私の地元は北海道なので、東京の街の大きさにびっくりしました。徒歩10分圏内で色々あるのが信じられません。東京はとにかく見る場所が多いので楽しいです。
現代社会は電気工学が支えている
ー電気工学を学んで良かったと思うことをお教え下さい。
原:現代社会を支える様々なエレクトロニクス製品への知識が深まったことです。私たちの身近にあるスマホやPCなどには電子部品が必要であり、またスマートフォンを使うためにも電波が必要となります。このように電気工学を学ぶことによって、入学前に希望していた、ロボットの「中」の仕組みが詳しく分かって本当に良かったです。
南波:電気工学は現代社会において不可欠な分野であり、それによって成り立っていることが分かったことです。特に、再生可能エネルギーの推進や電気自動車の開発など、現代社会の先進的な問題の解決になくてはならない知識が得られたと思います。
岡:入学する前に考えていた、幅広い分野を勉強したいということが達成できたと思います。電気工学や、これに関連する半導体工学、制御工学、電磁気学、量子論等は言葉と数式を両方使って説明されるので理解しやすいです。
ー原さんと南波さんは就職活動をされたそうですが、電気工学出身者は求められていると思いましたか。
原:非常に求められていると感じました。私自身、メーカーを第一志望として就職活動をしてきましたが、どの企業もエレキの知識を持つ人材を重宝されているように感じました。メカやエレキができる人、機械が触れる人、回路設計ができる人をすごく欲していると実感しました。
南波:一見電気と関係ないような化学や食品業界などであっても、工場の設備設計や製造機械の設計などに電気技術者は必要になってくるので、さまざまな業界からの求人があるように思いました。私たちと同学年の電気工学系の学生は、みな就職が決まりました。
ー最後に将来の夢や目標を教えてください。
岡:今後は大学院に進学する予定です。自分の適性もまだ見極められてないところがありますが、就職という点で考えると研究者・技術者とはいかなくとも、何らかのテクノロジーに関連する仕事に就きたいと考えています。
南波:私は来年4月から自動車メーカーに勤めることが決まっています。近年、電気自動車が普及し始めていますが、まだまだ解決しなくてはならない課題が多くあります。具体的には、バッテリーの大きさや充電時間などです。これらの課題に取り組み、本当にエコな電気自動車を実現して地球温暖化問題の解決に貢献したいと思っています。
原:私はプリンターメーカーへ就職が決まり、将来は海外で活躍したいと思います。世界に比べて日本の技術はまだまだ足りていないと思っています。ですから将来はエンジニアとして海外拠点で日本と世界を技術で結び付ける役割を担いたいです。また、様々な製品を日本から世界へ、世界から日本へ供給する役割も次のステップで担いたいと考えています。
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