シリア内戦が始まってから間もなく8年。今も多くの難民が国外で暮らしているのが現実だ。ヨルダンのザータリ難民キャンプで、支援活動をしている国境なき子どもたち(KnK)スタッフの松永晴子さんに話を聞いた。(取材・高校生記者 田中里奈、志村明果、中村文香)

難民キャンプ内でも格差がある

――難民キャンプの現状と暮らしぶりについて教えてください。

キャンプができた当初は、電気や水が限られ、トイレは共同で女の子が夜に行くのは危険でした。そんな生活に耐えられずにキャンプを離れてしまった人もいます。彼らが元々住んでいたシリアは自然が豊かな農業大国だったので、そのギャップに耐えられなくなってしまったのです。
 今は以前のようなテント暮らしという人はいません。キャンプ外と比べて受けられる支援も多いです。キャンプを一度出ていくと、戻ることはできないため、キャンプ外に出た人の方が困窮している現実もあります。

授業が終わり帰宅する女子生徒たち(KnK提供)

――状況は改善されつつあるのですね。

ただ、キャンプ内にもエリアによって格差があります。人気のエリアは1つしかないキャンプの入り口の近くです。この付近は住んでいる人も多く、商売がしやすかったり、お金を稼げる仕事に就きやすかったりします。そこで収入や仕事における格差が生まれます。さらに、シリアで元々していた仕事やスキルによって、任される仕事や収入にも差が生じます。
 

音楽や演劇で子どもたちの表情変わる

――KnKでは、キャンプでどのような支援活動を行っているのですか?

子どもたちへの教育活動を行っています。難民キャンプに避難してきた子どもたちはたくさんのトラウマを抱えている子も多く、その子たちの気持ちを少しずつでも解放させてあげたいと思い、演劇、音楽、作文、班活動、係活動などの授業を行っています。学校を「行きたい!楽しい!」と感じてもらえるような場所にすることを目指しています。

音楽の授業でシリアの歌を歌う(KnK提供)

――なぜ芸術分野やクラス活動での支援を行っているのですか?

ヨルダンでは難民キャンプ内外にかかわらず、そういった活動をする機会が少ないからです。確かに直接仕事につながる教育ではありません。しかし、どう表現するかを考え、相手が何を考えるのか、どんなことで傷つくのかを知ること、そして役割がもらえて子どもたち自身がみんなのために何かができているという達成感を感じさせてあげることってすごく大事だなと思います。私は大学で、美術を専攻していたので、それが役に立っていると思います。

シリア難民の現状を話す松永さん(右)

――アクティビティを通して子どもたちはどんな風に変わりましたか。

初めのうちは、トラウマを抱えた子どもたちがとても多かったです。学校に通えていなかった子、授業について行けずにやめてしまう子、周りの人と違う文化になじめない子、先生がヨルダン人だったため差別をうけてしまった子。でもアクティビティや歌、踊り、演劇など、基礎教育以外の学習を充実させてきたことによって徐々に子どもたちの表情も変わっていきました。

「心の余裕持つこと」を現地の人々から学んだ

――支援活動をしている中で、難しいなと感じることはありますか。

当然、文化的背景は違うので、女性スタッフは女子しか教えることができません。例えば鍵盤ハーモニカの弾き方を女子には普通に教えることができますが、原則、男子にはできません。小学3年生くらいまでが、活動の上で男子に関わることのできる限界です。彼らに触ることすらできません。

サマーアクティビティで子どもたちと接する松永さん(KnK提供)

――現地の人たちから何か学んだことはありますか?

“イッシャーラー”という心の持ちようです。これはアラビア語で“アッラー(神)の望むとおりに”という意味です。日本では、自分の決めたことはとにかくやり遂げるのが正しいとする傾向があると思います。しかしアラブ人は、「最善は尽くすが、最終的な決定権はアッラーにあるんだ」という考え方で、心の余裕があるように感じました。いろいろな失敗をしてしまった時にこんな心のありようがあればいいですよね。

教育の価値を伝える難しさを実感

――将来、学校に通えなかった子どもが親になって、その子どもも学校をやめてしまうという悪循環を断ち切るために、何かしていることはありますか。

今まさに起きつつあることなので、アクションは取れていません。難民キャンプ内で2世代に渡って教育を受けている人はまだいませんが、難民生活が長引けばそのような問題はいずれ出てきます。親が小学校しか卒業してないと、よっぽど教育を受けられず苦労したという経験がない限り、子どもに教育の価値を伝えるのは難しいでしょう。
 ただ、シリアにいた時は家の仕事の手伝いに追われていた子どもたちが、難民キャンプではすることがなく、親が「取りあえず学校に行きなよ」と言う家庭もあります。それは希望ですね。(構成・田崎陸)

松永さん(左から2人目)と高校生記者

まつなが・はるこ

愛知県出身。日本とベトナムで美術教師を務めた後、2011年から青年海外協力隊としてヨルダンで美術教育に携わる。2014年からKnKのヨルダン活動に従事し、現在はシリア難民支援の現地事業総括として子どもたちの教育支援を行う。

松永さんらが執筆した新刊『わたしは13歳、シリア難民。――故郷が戦場になった子どもたち』(合同出版)が昨年11月発売された。避難生活の中で学校に行く機会が途絶え勉強する時間を失ってきた子どもたちのことや、KnKが提供してきた授業についてつづられている。

『わたしは13歳、シリア難民。――故郷が戦場になった子どもたち』(KnK提供)