後編はコチラです。

過激派組織「イスラム国」(IS=Islamic State)により中東情勢が激変し、残虐なテロなどが国際社会を脅かしている。だが、ニュースを見ても、私たち高校生には理解できないことが多くある。中東が専門の国際政治学者・酒井啓子先生(千葉大学教授)に、なぜイスラム国が生まれたのか、歴史や国際情勢と関連づけて、分かりやすく説明していただいた。(聞き手・牛﨑悠里亜、多和田萌花、髙橋千佳、田中沙羅)

イラク戦争が原因の一つ

高校生 基本的なことですが、「イスラム国」(以下、IS)はなぜ生まれたのですか?

酒井 まず、ISはどこで活動しているか、分かりますか?

高校生 中東のシリアやイラクを拠点にしていると報道されています。

酒井 そう。「領土」としてはシリア北部とイラク北西部を制圧しています。活動が活発化したのは2014年からです。なぜこの時期だったのでしょう?

高校生 イラク戦争が関係していますか?

酒井 確かにIS誕生のきっかけの一つにイラク戦争があります。06年にイラク西部のファルージャという町で、ISは最初の一歩を踏み出しました。イラク戦争は何年ですか?

高校生 03年です。

酒井 そうですね。なぜアメリカ(以下、米国)はイラクに戦争を仕掛けたと思う? 皆さん、インタビューに来たはずなのに質問ばかりされていますね。私のゼミはこんな 感じです(笑)

高校生 01年の米同時多発テロがきっかけだと思いますが…。

酒井 同時多発テロ後、米国は「テロに対する戦争」という言い方で報復に出ました。まず、テロを起こした組織「アルカイダ」を受け入れていたアフガニスタンを攻撃し、 当時の政権をつぶして新しい政府をつくらせました。あらためて、米国はイラク戦争で 何をしました?

高校生 イラクでも政権を変えさせました。

酒井 そうです。イラクの当時のフセイン政権は、1991年の湾岸戦争で徹底的に攻撃された経験から、米国に強い反感を持っていました。イラクとアルカイダにつながりはあ りませんでしたが、米国を嫌うイラクがアルカイダと同じようなことをしないよう、フ セイン政権を倒したのです。

■「米国とシーア派への恨み」が背景

酒井 さて、イラク戦争の3年後にISができます。この2つの出来事はどうつながるのでしょうか?

高校生 イラク戦争を起こした国に反発する人が、報復の手段として過激派組織を結成したと思います。

酒井 はい。政権がひっくり返った結果、イラクの旧政権に携わっていた多くの人たちが公職から追放され、不遇な目に遭いました。その人たちの間で、米国と新政権に対し て「許せない」と不満が高まったのです。旧政権と新政権の宗教的な違いは何でしょう?

高校生 同じイスラム教でも、新政権側はシーア派で、旧政権はスンニ派です。

酒井 そうですね。選挙をしない独裁政治の旧政権下では、人口の2割のスンニ派が旧体制を占めていました。でも、新体制で選挙をすると、人口の6割いるシーア派が与党にな りました。その結果、政権を追われたスンニ派の人たちが、米国とシーア派に恨みをも って始めたのがISなのです。

ISが厳格な宗教的姿勢をとるのは、シーア派に政権を奪われたと考えるからです。「スンニ派こそが主流で大本だ」と自らを正当化して、シーア派に反発しているのです。

 

「アラブの春」契機にシリアに拠点

酒井 こうして2006年に生まれたISがイラク第2の都市モスルを制圧するなどし、大きな問題になったのは14年です。その間にもう一つ大きな出来事が起きています。「アラ ブの春」という言葉を聞いたことがありますか。11年にエジプトで独裁政権が倒れたき っかけは?

高校生 国民がデモを起こしたからです。

酒井 10年12月、チュニジアで起きたデモを皮切りに、アラブ諸国の多くで民衆が突然立ち上がって大規模なデモを繰り広げました。その流れの中で、11年3月にシリアでも 同じように反政府運動が盛んになります。でも、シリアで独裁政治を敷くアサド政権は 、反政府側の鎮圧を続けました。政府側と反政府側が国内で戦い合う状況を何と言いま すか?

高校生 内戦です。

酒井 そう、シリア内戦が起こり、日本の戦国時代のような群雄割拠の状態になります。実は、08年ごろにイラク政府が強くなったため、ISのイラク国内の活動がしぼみかけていました。そのとき、隣のシリアで内戦が起き、いろんな勢力が戦い合っているのを見 たISは、シリア国内のどの勢力の権力も及ばない地域を狙って活動拠点を移します。そ こで、シリアの反政府勢力を吸収しながら、イラクとシリアの両国に勢力をもって大き くなり、活動を活発化したんですね。

高校生 イスラム国がイラクとシリアにいるのは、そういう背景があったんですね。

酒井 長くなりましたが、これが最初の質問への答えです。物事には原因と結果があります。それを知るには正確な理解が必要なのです。
(構成・秋山千佳) 

 
さかい・けいこ
1959年生まれ。東京大学教養学部を卒業後、英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士課程修了。アジア経済研究所研究員などを経て、2012年から千葉大学法政経学部教授。15年から同学部長。専門はイラク政治史、現代中東政治。「中東から世界が見える」(岩波ジュニア新書)、「〈中東〉の考え方」(講談社現代新書)など著書多数。