田久保萌夏さん(神奈川・弥栄高校3年)は、「第19回ショパン国際ピアノコンクールアジア大会」高校生部門で金賞を受賞するなど、将来を期待される若手ピアニストだ。寝ても覚めてもピアノに向き合ってきた高校時代を振り返ってもらった。(文・写真 野村麻里子)

音楽をはじめたきっかけは「人見知りを治すため」

ピアノを始めたのは4歳の時だが、初めに音楽に触れたのはエレクトーンを2歳で始めた時だった。幼稚園にも行けないほど、人見知りが激しい様子を心配した両親が、グループレッスンを行うヤマハの音楽教室に通わせたことがきっかけで、音楽にのめりこんでいった。「すぐに人見知りが治ったわけではありません。小学生の時は、先生に何を言われても返事すらできないくらいでした。でも、ピアノをやっていると怒られることが多くて、だんだん鍛えられました。いまでは人一倍人前へ出ることが好きです!」

ピアノが大好きだと語る田久保さん(弥栄高校の教室で撮影)

往復4時間の高校をあえて選ぶ「協奏曲がやりたい」

芸術科音楽専攻がある弥栄高校には、通学に往復4時間かかる。毎朝4時半に起き、5時に家を出て電車に揺られ、7時に学校に着く。学校のピアノで朝練習をしてから、授業に臨む。放課後の午後4時から7時までピアノの練習をして、9時に帰宅。寝る前もピアノに向かう。コンクール前には、深夜2時前頃までピアノに打ち込むこともあったという。「睡眠時間が足りないときは、電車の中で眠っていました。勉強は授業に集中するようにして、単語や漢字などの勉強は、通学時間に行いました。何度も(睡魔に襲われて首が)カクンってなって(単語帳を下に)何度も落としながら…(笑)」
 毎日通学に4時間かけながらも、弥栄高校を選んだのには訳がある。「(オーケストラと共演する)協奏曲ができる弥栄高校に憧れて、『絶対ここがいい!』と、どうしても進学したかったんです」
 オーディションを勝ち抜き、2人のソリストのうちの一人に選ばれ、3年生の5月にコンサートの舞台に立った。オーケストラも同校の生徒が務める。「これまでを振り返っても、一番気持ちよく弾けた演奏でした。(同世代の)みんなと弾くことができたのが、純粋にうれしかったんです」

指先に1.5キロの重りを載せて筋トレ

ピアニストの命は、指。第一関節の力がつかないと、指先で弾くことができない。ホール全体にいきわたる音を出すには、指先の力が必要だ。田久保さんは毎日、指先に1.5キロの重りを載せて筋力トレーニングする。「指一本ずつ順番に重りを載せて、鍛えていきます。毎日です」
 「実は手が…」と、手を開いて見せてくれた。ピアニストにしては、手が小さいほうだ。そのため、風呂に入るときは、欠かさず指と指の間を広げるようにストレッチをしている。「絶対(毎日)しないとオクターブが届かなくって…地道(な作業)ですよね」
 表現力をつけるため、練習する曲の作曲家がどういう時代で生きてきたかをくまなくリサーチする。「例えば、作曲者本人が病気をしながら作ったのかもしれないし、戦争があった時代だったかもしれない。政府の目を気にしながら書いたかもしれない。誰かに向けて書いたのかも……考え抜いたうえで、楽譜を見ます」
 フォルテ(強く)の音楽記号でも、曲によって「怒りのフォルテ」だったり「情熱のフォルテ」だったり、さまざまだという。「自分で、この曲をどうとらえるか」。その答えを、「自分はこう思う」という考えを、演奏に乗せていく。「想像力は欠かせないのかもしれないですね。同じ曲を弾いても人によって全然違います」

ピアノを奏でる田久保さん

コンクール前は「吐き気がするくらい緊張」

比喩ではなく、「寝ても覚めても」ピアノのことを考えている。20分にも及ぶ長めの曲を練習している際は、ちょうど20分くらい電車に乗る時に目を閉じて、頭の中でピアノを演奏する。「親には『寝ながらピアノ弾いてたよ』なんて言われることもあります。よく夢でピアノを弾いています。コンクールの時の悪夢だったりするんですけれど……」
 「あがり症」だという田久保さん。コンクールの本番は、吐き気が伴うくらい緊張するという。ピアノの前に座れば自分の世界に入れるが、それまでが辛い。そんな自分と闘うためには、練習しかないという。「100回弾いても100回間違わないかを確認していきます。本番だとどうしても100%は弾けないものです。なので、練習で120%極める気持ちでいれば、本番で少しうまくできなくても大丈夫だと思えます」
 そんなピアノが大好きな田久保さんでも「なんでピアノ、やっているんだろう…」と落ち込む時があるという。「周りには上手な子がたくさんいて、大差がついちゃったなあと思ったりします」。思い悩んだ時はクラシックを聴くのは休んで、JPOPを聴く。「(JPOPは)全然詳しくないので、いま流行しているような曲を聴きます」

「練習だけがすべてではない」友達との触れ合いで知った

田久保さんの毎日には、常にピアノがある。「私が生きているのも、ピアノを弾くためなんです。将来もずっと、ピアノがやりたい。誰かのために私が何かできるとしたら、ピアノで作曲をするとか、ピアノに関することだなと思っています。ピアノは私に欠かせない。なかったら、今の私は、絶対にいない」
 高校3年間を振り返り、「練習だけで得られないものの大切さに気付いた」と目を細める。「練習だけがすべてではないんですよね。(同じように音楽を専攻する)友達と触れ合う中で、『音楽が大好き』な子たちがこんなにたくさんいるということを実感しました。高校進学までは、練習してコンクールで賞を取ることがすべてになっていました。でも『私の演奏をみんなが聞いてくれるなら、それでよいんじゃないか』と思うようになりました」

真剣なまなざしで華麗な音色を奏でる田久保さん

クラシックの敷居を低くしたい

4月からは、特待生として昭和音楽大学の演奏家コースで学ぶ。「クラシックって、どう思います?」と田久保さんに聞かれた。「少し敷居が高い印象かな…?」と答えると、「そうですよね。なんだかかたくって、入りづらい。私は、もっとたくさんの人がなんとなく演奏会に立ち寄れるようにしたい。気軽にクラシックを楽しめるようにしたいんです。小さい子も入れるようなコンサートを開ける演奏家になりたい」。目を輝かせ、笑顔で未来を見据えていた。

体力づくりで休日にはランニング
―好きな作曲家は?
 ショパンが好きです! いつでも感動できます。
―いつもどんな音楽を聴いているの?
 交響曲などオーケストラの曲を聞いています。
―音楽以外の得意な教科は?
 体育が好き。運動は昔から大好きです。ピアノは長い曲だと1曲40分以上あるので、体力が必要なのですが、私は体が大きいわけではないので、すぐにばててしまいます…。休みの日は、朝走ったりしています。腹筋はなんだか好きなので(笑)、しています
―マストアイテムは?
 鍵盤の汗を拭けるハンカチがマストアイテムです。あとはメトロノーム。スマホにメトロノームのアプリを入れています。本番前は緊張して心拍数が上がると、それに引きずられてテンポ感がずれてしまうので、スマホで聞いて「カチカチ」という音を体をなじませます。正しいテンポ感を緊張した自分に刻むんです。
―ピアノが嫌いになりそうなら?
 小さい頃にやった簡単な曲を弾いて、純粋に楽しく弾いていた小さい頃の自分を思い出します。友達と連弾することもあります。

 
「演奏が聴きたい」という記者の突然の無茶ぶりにも快く答えてくれた田久保さん。「うまく弾けなかったです…」と漏らしつつも、難易度の高いショパンの「エチュードop.10-4」を軽々と弾きこなし、披露してくれた。