大学で学ぶ学問は、高校の勉強とどう違うのか。高校までに学んでおくとよいことは。国立大学協会の会長を務める松本紘・京都大学総長に高校生へのメッセージを語ってもらった。(聞き手・構成 西健太郎)

大学には自由な学びがある

― 大学での勉強は、高校までとどう違うのでしょうか。

 高校はある程度広く教養を勉強するところです。一方、大学教育は、より深く教養を学ぶことと、専門を身に付けることの2つの使命があります。
 高校では、学ぶ内容が学習指導要領によって決まっていて、さほど自由度はない。一方、大学には高校までとは全く違う枠組みの科目が多様にある。そこから、自分が学ぶ内容を主体的に選ぶことができます。
 大学の教養教育は、1・2年生で主に学びます。高校までに学んだことを基盤としていますが、決まった教科はなく、幅広
い科目が用意されます。例えば、高校の国語は、現代文、古文、漢文といった分類ですが、大学の文学の科目は何百とあります。
 3年生から本格的に学び始める専門教育は、高校までとは全く違う世界です。例えば、法律家になるための法学、医者になるための医学、科学者になるための理学といった、専門家になるための実力を蓄える学問といえます。

大学で全てを学べるというのは幻想

― 高校生にどのようなことを学んでおいてほしいですか。

 高校生に言いたいのは、高校で学んだ教養が一生の基盤になるということです。教養とは、人間として蓄えたほうがよい常識、知識のこと。社会の中でうまく生活していくための知恵です。それには、自分自身についての知識、自分が所属しているコミュニティや国、地域(例えばアジア)の知識、世界市民としての知識が含まれます。高校時代に全教科を幅広く勉強することがこうした知識の基盤になります。
 実は、大学では、一つのことを深く学ぶ分、広くは学べません。大学の教養教育で、いろんなことが全部身に付くと考えるのは幻想です。
 社会では知識の広さが重要です。社会人になったときに高校までの知識が広くカバーしてくれます。

勉強が役立つかを考えるべきではない

― 高校で自分が学んでいることがどう役立つか分からない高校生もいるようです

 学んでいる内容が自分にとってプラスになるのかを考えるのは良くないと思います。いま勉強していることの意味は、そのときには分からないのが普通です。「受験に出ない科目は勉強しないでおこう」「理系だから文系は関係ない」というのは間違いです。研究の世界では理系、文系はさほど鮮明に分かれません。また、社会に出て新しい仕事をつくろうとすれば、既存のものの組み合わせが必要です。そのために重要なのが高校で勉強した広い知識です。学んだことが役立つとわかるのは、社会人になってからなのです。
 一方、高校で学ぶことに比べれば、大学で学ぶ専門は長続きしません。特に医学や生物学はめまぐるしく進歩しています。私の専門である工学でも、大学で学んだことが直接有効なのはせいぜい10年、長くて15年です。

「ネットで調べれば…」は大間違い

― インターネットで調べられるから、知識を身に付ける必要がないと思う高校生もいるかもしれません。

 それは、全く違います。知識がなければ全体像は見えません。例えば歴史でも、いろんな出来事が大まかにでも頭に入っていて、足りない知識を部分的にネットで補強するのならいい。しかし、全体像が分からないのに、部分的に調べても役に立たないでしょう。覚えなくていい、知らなくていいというのは間違いです。

花は開くと信じ一歩一歩努力を重ねて

―高校生へのメッセージを。

 青春時代の経験が、その人の人格のほとんどを形成します。感受性が高い高校時代にたくさんの知識を貪欲に吸収し、多くの経験をしてほしい。
 部活動もいいでしょう。仲間との共同作業や先生とのあつれきも経験の一つです。そういうことを通じて、感受性が育まれ、人の気持ちや行動が分かるようになります。人生は多様ですが、いろんな経験をしたほうが社会に出てから活躍できます。サッカー選手も、技量だけでなく、人の気持ちを考えられる人のほうが活躍する。音楽家も音楽以外のことを知っておいたほうがよい。研究者にも感受性が必要です。その基本は、高校での学びと経験で育まれます。
 高校生には、打算することなく、目の前のことにしっかり努力を傾けてほしい。高い山だけ見るのではなく、足元を見て一歩一歩進むことです。好きな書物があればそれを読む。好きなスポーツがあればそれをやる。自分が決めたことを、それも一つに偏らずコツコツやることが大事です。花は必ず開くと信じてね。

 

●まつもと・ひろし 1942年生まれ。奈良県出身。工学博士。専門は宇宙プラズマ物理学、宇宙電波科学、宇宙エネルギー工学。65年京都大学工学部卒業。京都大学工学部助教授、同大学生存圏研究所長・教授、同大学理事・副学長などを経て2008年から京都大学第25代総長。13年から国立大学協会会長。近著に『京都から大学を変える』(祥伝社新書)