日本にやってきてから日は浅いものの、今や生活を豊かにする植物としてお馴染みになったハーブ。私たちは食べたり香りを楽しんだりしていますが、実はそれ以外にもいろんな使い方がありそうです。植物がもつ匂い成分やさまざまな化学物質の新たな活用法を探索している東京農業大学農学科の野口有里紗助教にお話を伺いました。

植物の葉の香りはSOSのサイン 

バジルに、レモンバームに、レモングラス…う~ん、いい匂い。野口助教が研究室で育てているハーブの香りにうっとりしていると、野口助教からこんな質問がとんできた。「植物の葉って、なぜ匂いを出すと思いますか?」
 え、えーと(汗)、植物の花が匂いを出すのは、虫を呼びよせて受粉を手伝わせるため。植物が実をつけ、熟して匂いを出すのは、動物を呼びよせて食べてもらい、種を遠くに運んでもらうため。子孫を残すための戦略はこれで十分だから、葉が匂いを出す必要はないような気がするけれど…。
 「一般的に、葉が匂いを出すのは虫に食べられたりした時なんです。実はこれは植物のSOS信号。葉は植物が光合成をするために不可欠なものだから、なくなれば命にかかわる。そこで虫に葉をかじられると匂いを発し、『助けて~』と、その虫の天敵である別の虫を呼びよせるんです」
 なるほど。でも、ハーブは虫に襲われていないのに常に強い匂いを出している。なぜだろう? 「ハーブはSOS信号用以外にも匂い成分をたくさんもっていて、強い匂いで病原菌の侵入を防いでいるという見方もあるんです。私自身は、虫を誘うため、あるいは遠ざけるためではないかと考えています」と野口助教は説明する。

「アレロパシー」で無農薬栽培が可能に?

自身の仮説を実証すべく、野口助教はバジルから匂い成分を抽出。それを畑に置いてみたところ、集まってきたのが「アザミウマ」という虫だった。アザミウマはトマトが大好きで、ウイルスも運ぶ厄介な害虫。でも、バジルの香りでこの虫を集め、一網打尽にしてしまえばトマトを守れるのではないか。いわば、農薬の代わりにバジルの香りで害虫を防除できないかと考え、実験を重ねているそうだ。
 こうした匂い成分をはじめ、ある植物が作り出す化学物質が、他の植物や虫、微生物といったさまざまな生物に影響を与える現象を「アレロパシー」と呼ぶ。「害虫を防除するなら農薬のほうが効果ははるかに高い。でも、その分農薬への耐性をもった害虫の出現を早めてしまいます。植物のもつ力を利用すれば、農薬を使わない安心・安全な農作物や、多様な生き物が共生する持続可能な農地を作り続けられるのではないかと考えています」

植物の味や香りをLEDでコントロール

 

野口助教は、植物の中の成分が栽培環境によってどう変わるかについても研究している。特に力を入れているのが、屋内でLEDを使って植物を栽培する、いわゆる「植物工場」で育てたものの成分分析だ。果たして植物の内部にはどんな変化が起こるのか。実際にバジルに赤・緑・青色のLEDを当てて栽培したところ、青色を当てたバジルだけが、屋外で育てたものに比べて格段に香りが強くなったという。
 さらにバジルの匂い成分を分析すると、あることがわかった。一つの成分だけが突出して増えていたのだ。「ということは、光の色を変えたり栽培環境をコントロールすれば、植物の中の特定の成分だけを増やす、あるいは減らせる可能性があるということ。なぜこうしたことが起こるのかが解明できれば、すごくおいしい農作物や、防虫効果の高い植物、薬効成分を大量に含んだ植物など、より付加価値の高い植物を作れるようになるでしょう」 また、野菜や果物はカリウムをたくさん含んでいる。このため、腎臓疾患のようにカリウムの摂取を控えなければならない病気の人は、生野菜や果物をたくさん食べることができない。でも、もしも植物工場でカリウムの少ない野菜が作れれば、そうした制限も必要なくなる。このように植物のもつ力をさまざまな方法で引き出し、利用することで、農業の形はもっと多様化していくだろう。そしてそれは、私たちの生活をより豊かにしてくれるに違いない。
 「今までにない農業の形を創っていきたい」と野口助教は語る。今後は「アクアポニックス」という農業システムの研究も始めるそうだ。「水槽で魚を養殖し、水面から上の部分で植物を水耕栽培するもの。魚を育てている水槽の水を植物を栽培している容器に送ると、植物が魚の排泄物を養分として吸収し水を浄化する。その水をまた水槽に戻し魚を育てるという循環を繰り返すんです」。そんなこともできるんだ! なんだかすごく面白そう。
 自分が食べているものは、どうやって作られているんだろう? そんな素朴な疑問から、農学という学問の扉を叩いた野口助教。「ぜひ、自分の好奇心を大事にしてください。そして、面白そうだと思ったことはどんどん調べてみましょう。答えに辿り着くまでの過程には、いろんな物語があるはず。それを大学でより深く、より広く調べてほしいと思います」