橋本明莉さんの弁論原稿「待つ」

「ゆっくりでいいんだよ。よくできたね。」

危なっかしい足取りで、ヨタヨタと歩く赤ちゃん。そんな我が子を母親は愛おしそうに見守ります。 たくさんミルクを飲んだ。寝返りが出来た。初めて「ママ」と呼んでくれた。子供の成長を待つ、一番愛おしかった時間。それがいつの間にか、子供が出来ないことを見つける、煩わしい待ち時間に変わっている。 

どうしてもっと早く準備ができないの。いつになったらあの子に勝てるの。できないことを怒り続ける大人に対して、がっくりと首をうなだれる子供は、もう成す術がありません。

「子供が遅い」ことが問題なのか。それとも「大人が速い」ことが問題なのか。

1970年代ごろから注目され始めた日本の早期教育。現在では、まだ生まれてもいない胎児までもがその対象とされています。子供のスケジュールは徹底的に管理され、無駄な時間は一切ありません。

「今しかありません。周りはみんな始めていますよ。」

危機感を煽り、親の心理に巧みに訴えかける早期教育のすすめ。

弟が2歳になり、少しずつ言葉を話せるようになってきた頃、母は弟を早期英語教室に入れました。

“cat!”

イギリス人講師が猫の絵を指さし、弟に教えます。しかし日本語をようやく覚え始めたばかりの弟にとって、それは”cat”ではなく、「ねこ」なのです。

戸惑いながら「ねこ。」そう言う弟に対して、”No!Cat.”と否定するイギリス人講師。家に帰っても2か国語のカードで言葉を覚える。そんな状態が続いていたある日、弟は急に吃音症になりました。

「あ、あ、あのね。ぼ、ぼ、僕。」

「あのね」のたった一言が詰まってしまう。「ぼくはお話ができないから。」そう言ってうなだれる弟を抱きしめて母は英語教室をやめました。

子供は、世の中の全てから吸収し、学び続けています。実に脳の80パーセントが、幼児期に形成されるそうです。5感をフルに活用し全身で受け止める。そんな大事な時期に、大人が用意した画一化された教材で学ぶという不自然さ。与えられた課題しか解くことができない。思考回路が似た没個性的な人間が大量に発生するような恐ろしささえ感じます。多種多様な経験をするからこそ、想定外の問題も解決できる能力が養われるのです。

子供は遅いのではありません。目まぐるしいスピードで成長を続ける彼らにとっては絶対に必要な時間なのです。

「7歳までに改善されなければ、吃音は一生治りません。」医者はそう言いました。吃音症には、確かな治療方法はないのです。私達は小さな弟の頭の中で、混乱した言葉が正しく紡ぎなおされるのを待ちました。一進一退を繰り返しながら、弟は3年の歳月をかけて、言葉を取り戻したのです。

七歳までと言うタイムリミット。不安や焦りをすべて、待つという愛情に変えることの価値を痛感しました。その後外国人に触れる機会が増え、英語を話したいという自身の希望で再開した英語教室で、今弟はいきいきと英語を学んでいます。

弟の教育に焦り、苦しんでいた母に、弟の言葉を取り戻そうと懸命になっていた母に、この言葉を伝えたいのです。

「ゆっくりでいいんだよ。」と。

焦って未来を嘆く前に、今日一日の成長をよしとする。親に認められているという大きな安心感こそが子供のやる気を持続させる鍵だと思います。人より秀でることを勉強の目的にするのではなく、何のために学ぶのか。その気持ちを親子で共に育んでいく。

未来を担う子供たちをじっくり育てて結果を待つ。社会全体が子供のための「待ち」時間を愛して欲しい。それこそがどんな早期教育にも勝る結果をもたらすと確信しています。