子どもの将来を考えて早期教育を行う親たち。だがそれは、本当にわが子のために必要なことなのだろうか? 橋本明莉さん(北海道・旭川東高校3年)は、弟の早期教育をめぐって家族が苦しんだ経験から、子どもの成長を「待つ」ことの大切さを伝える。(中田宗孝、写真は学校提供)

小学生の弟が、英語教室で学んだ英語を使って、ホームステイ中の留学生に熱心に話し掛けている。

その微笑ましい光景を眺めながら、姉の橋本明莉さんは、幼児期の弟に降り掛かったつらい出来事を思い出す。彼女の6歳下の弟は、かつて深刻な吃音症に悩まされていたのだ。

「僕はお話ができない」

橋本さんの弟は、母親の意向で2歳で英語教室に通った。英語教室でも自宅学習でも日本語と英語の2カ国語が飛び交う環境に置かれた。

そんなある日、幼い弟は、吃音症になってしまう。

「とにかく言葉が出てこない。弟が大好きな『仮面ライダー』と言うのにも30秒以上かかっていました。『か』が自然に出てこなくて、『か、か、か、か、か』と、言葉に詰まってしまう。本人もとても苦しかったはずです」

「僕は、お話ができない」

吃音症の原因は医学的には、明らかになっていない。

うなだれるわが子の姿に誰よりも心を痛めたのは母親だ。英語教室通いをやめ、橋本さんの家族は弟の吃音症の治療に尽力した。

橋本明莉さん

早期教育は悪なのか?

橋本さんは「早期教育自体は『悪いもの』ではありません」と、言う。「ただし親が、いい学校に行かせるための『手段』『目的』として早期教育を子どもに強要してしまうと、問題が起こりやすいと思うんです」

親の教育方針が間違っていたのか。

「実は私も早期教育を受けていました。幼稚園からバレエ、英会話、絵画教室、ピアノをやっていて、このうち3つは今でも続けているんです」と明かす。

「どのお稽古ごとも自分から『やりたい!』と始めたし、楽しくて13、4年続けている。一方で、弟のようにお稽古ごとが苦になり、葛藤を抱えてしまう子どももいます」

日常生活の学びを重視

橋本さんの家族は、弟の吃音を正さず、会話の途中でさえぎらず、あたかも普通に会話しているかのように返事を返した。

「それを根気強く続けていくうちに弟の表情が明るくなり、『あれ? 今日は1日どもらなかったね』『今日もどもらなかったね』という日が増えていったんです」

弟は、約3年かけて吃音症を完全に克服した。

母親は、ペーパー学習から日常生活の中で感じる学びを重視するようになった。「例えば、ある社会問題を目にしたとき、『解決するにはどんなことが必要なんだろうね』と、親子でじっくり話し合う時間をつくってくれるんです」

子どもの成長を「ゆっくり」見守る大切さ

この経験から橋本さんは、子どもの成長をゆっくり見守っていく大切さに気がついたという。「子どもの将来を思うがゆえ、早期教育を始めたほうがいいのかなと焦って不安になっているお母さんたち。そんなお母さんには、『子どもの成長を待つ』ことも必要な時間なんだと知ってほしいです」

橋本さんは高校入学後、「弁論」する先輩の姿に憧れ、迷わず弁論部に入部。弟が吃音になった経験から、子を見守る大切さを弁論で伝えることを決意。弁論の全国大会「全国高校総合文化祭(2020こうち総文、WEB開催)」に出場を果たした。

弁論に出会い自らの体験を伝える橋本さん

弟は現在、本人の希望で英語教室に再び通い始め、友人らとグループレッスンで楽しく学んでいるという。スキー教室にも通っており、「元気な普通の小学生男子ですね(笑)」