スーパーの野菜売り場に行くと、いろいろなキノコが並んでいます。でも、キノコは野菜ではなく、麹菌や乳酸菌などと同じ「菌類」なんです。昔から身体によいといわれるキノコですが、本当のところはどうなのでしょうか。キノコの機能性などを研究している東京農業大学森林総合科学科の江口文陽教授にお話を伺いました。

健康や環境にキノコを役立てる

江口教授が研究しているのは、木材やキノコといった森林の天然資源の特性を化学的に解明し、有効活用を考える「林産化学」という分野。その中でも特に、キノコの機能性などの研究に取り組んでいる。「キノコは落ち葉や枯れ木、動物の死骸などを分解する酵素をもっていて、『森の掃除屋』とも呼ばれます。そのパワーは強力で、有害物質ダイオキシンに汚染された土壌さえ浄化してしまうほど。最近はこうした力を環境問題の解決に生かす研究も進んでいます。さらにキノコには、健康に役立つさまざまな機能や効果もあるんですよ」

日本には現在4000種ほどのキノコがあるとされ、そのうちの150~200種ほどが常時食されている。キノコといえば、低カロリーで繊維質が豊富、ダイエットに効果的というイメージがあるけれど…。「キノコを食べる=劇的にやせる、というわけではありませんが、健康な身体作りをサポートしてくれます。例えばエノキタケ。体内や血液中の余分な脂を排出し、中性脂肪や悪玉コレステロールを抑える効果があるので、便秘の解消、糖尿病や高血圧といった生活習慣病の予防・改善に役立ちます。ただし、そのためには毎日200グラム、およそ1パックのエノキタケを食べることが必要です」

 

う~ん、毎日1パックは難しい。そこでお勧めなのが、江口教授が技術開発した「エノキ氷」だ。これはエノキタケをペースト状にして加熱し、凍らせることで、体内で吸収しやすくしたもの。エノキパワーを手軽にとれると、昨今注目されている食べ方なのだ。

キノコで免疫力UP

キノコをこよなく愛する江口教授。研究室にはキノコグッズがずらりと並び、自宅にあるコレクションも含めると4000種類はあるのだとか。ネクタイだって、もちろんキノコ柄だ。そんな江口教授がキノコと出会ったのは、高校3年生の時。「父親が癌を患い、大手術をしたんです。その時、術後に医師が投与したのが、カワラタケというキノコを原材料にした薬でした。重篤な癌に本当にキノコなどが効くのか。疑いながらも強く興味をひかれ、キノコの薬理効果を科学的に実証しようと、この道を志したんです」

カワラタケはシイタケのほだ木に生える。シイタケ栽培農家にとっては厄介者のため廃棄されてきたが、江口教授は多くの実験や臨床試験を重ね、このキノコの成分に、癌細胞を攻撃するT細胞やNK細胞を活性化させ、免疫力を高める効果があることを実証した。「父親は癌を再発することなく80歳で天寿を全うしましたが、キノコがその一助になったことを、自分の手で、目で確認することができました」

そして、カワラタケを誰もが手にできる機能性食品にしたいという長年の夢をかなえ、ドリンク剤を開発し、商品化したのだ。単にキノコの機能や効果を実証するだけではなく、そこから林業家や農業家に利益をもたらすビジネスを生み出していく。それが江口教授の研究スタンスだ。

キノコの魅力を世界に発信

江口教授はキノコをおいしく食べる研究にも力を入れており、キノコをお皿の上の主役にしたいと、有名シェフの協力を得てレシピの考案にも取り組んでいる。「例えば、マイタケにはタンパク質を分解する強力な酵素があるので、茶碗蒸しに生のまま加えると卵が固まりません。では、マイタケを肉と一緒に調理するとどうなるか。酵素の働きで、安い、固い肉でもやわらかくおいしくなりますよ」

近年、安心・安全な日本の食品を求める声が海外でも高まっている。そうしたニーズに応え、キノコを使った機能性食品を輸出し、世界各国の人にキノコの魅力を伝えていきたいと江口教授は語る。「そのためには、キノコだけを見るのではなく、栄養学、医学、薬学、工学といった多様な分野の専門家と連携し、キノコを多角的に研究していくことが大切です」

キノコにはまだ解明されていない謎が数多くある。にもかかわらず、キノコの研究者は少ない。「言いかえればそれは、独自性の高い研究ができ、第一人者になれる可能性がある分野だということ。みなさんにもぜひ、キノコ研究に挑んでほしいと思います」