父が監督を務める前橋育英(群馬)野球部の主将・荒井海斗(3年)=群馬・前橋東中出身。子どものころからの夢である「父との甲子園出場」を手にするため、最後の夏に全力を懸けている。( 文・田中夕子 写真・幡原裕治)

上級生が引退した昨夏のこと。朝、荒井が起きると、父でもある荒井直樹監督(48)が部屋にやってきて「お前を主将にしようと思っているから」と告げた。眠気が一気に吹き飛んだ。

「任されたことがうれしかったです。まさか朝起きたばかりの部屋で『主将』に任命されるとは思いませんでしたけど(笑)」 監督と選手として、父との会話は常に敬語で一線を引く。自宅は寮の裏にあるが、主将就任に合わせて寮に入った。寮母である母の寿美世さんの食事を、息子としてではなく、寮生として取る日々を送っている。

 

「家では野菜なんて食べないけど、寮だと残せないですから。ちゃんと食べていますよ」と、荒井監督は一瞬、父の顔になって笑った。

小学校に上がる前から、父が指導する部の練習を見て育ち、父の背中を追いかけてきた。

小学2年で本格的に野球を始めた。そのころから、夢は甲子園出場。中学の全国大会で対戦した井古田大輔(3年)=同・美里中出身=は「当時から『育英で甲子園に行く』と話していた」と明かす。父が監督ということで「正直、最初はやりづらいかな、と不安もあった」と荒井は言うが、ほかの高校で甲子園を目指すことは考えられなかった。「子どものころから憧れていたユニホームを着て、父とともに甲子園へ行きたい」。その思いは、今も変わることはない。

 

 野球部では、1年時からレギュラーに定着。入学直後の1年生だけで臨む「若駒杯」では主将に指名され、ベンチから声を出し、苦しい場面では自ら得点しチームをけん引した。「ガンガン言うタイプではないので、プレーで引っ張れたらいいなと。1年のころからそう思っていました」。 その姿は、同級生にも強い印象を与えた。大竹厚汰(3年)=同・松井田南中出身=は「1年のころから、自分たちの代の主将は海斗しかいないと思っていた」と話す。

すでに始まっている選手権予選には、第1シードとして挑んでいる。「勝ち進めば注目されるし、期待もかかる。でも、プレッシャーには負けたくないです」

公式戦の時は、母と祖父母が応援に訪れる。家族の姿を見つけると、「育英頑張れ!」と叫んでいた子どものころを思い出し、「不思議な気持ちに包まれる」と話す。「育英は夏の甲子園に出たことがない。僕らが勝って、新たな歴史をつくりたい」

父の背中を追いかけ、家族とともに目指してきた甲子園の舞台へ。最後の夏にすべてを懸ける。