全国屈指のサッカー強豪校として知られる福島・尚志高校。大会ともなれば多くの生徒たちがスタジアムに訪れ、割れんばかりの声援を送る。その最前線で昨年夏まで応援全体の指揮をとっていたのは、たった二人の応援団だ。応援の凄みは声量に比例するはずだが、尚志高校の二人はどのように人数の少なさをカバ-してきたのだろうか。(山川俊行)

スタンドから見つめる二人の背中

1月12日、埼玉スタジアム2002で全国高校サッカー選手権大会準決勝が行われ、尚志高校と青森山田高校(青森)が決勝の椅子をかけて争った。東北勢による一戦は、点を取られては取り返すというシーソーゲームに。PK戦の末、青森山田に軍配が上がったが、手に汗握る試合展開にスタンドからの応援も自然と熱がこもっていた。

寒風吹きすさぶ中、声を張り上げて選手たちに声援を送るスタンドの生徒たち。その中で、二人の生徒だけは周囲とは異なる感情で試合を見守っていた。尚志高校の矢部健人君(3年)と髙橋晃志君(3年)だ。高校1年生の8月から約2年間、サッカー強豪校である同校の応援団をたった二人で担ってきた。

情が移ったほうが本気の応援ができる

尚志高校応援団の髙橋君(左)と矢部君(右)

「先輩が引退した高1の夏から高3の6月まで、ずっと二人きりで応援団を務めてきました」(矢部君)。大会の前には他の部活の選手を交えた合同練習が開かれるが、ふだんの練習は二人だけ。本番で人数の少なさがハンディにならないよう、応援の質には特にこだわってきたという。「生徒数が多い応援団には勝てないので、人柄だったり、応援への気配りだったりは突き詰めてやっていました」(髙橋君)。

学校生活でも、サッカー部や野球部といった応援する部活の生徒たちとコミュニケーションを図り、友達としてかかわるよう努めた。大会の応援で一緒に声を張り上げてくれる生徒や保護者に対しては、感謝の気持ちを伝えるよう心がけた。「正直、情が移ったほうが本気の応援ができます」とは矢部君。応援する相手に寄り添い、周囲を巻き込んでひとつの応援を作り上げていく。少人数だったがために、応援は団員だけでするものではないと早くから悟れた。

体験入部でまさかの出会い

二人だけの応援団が誕生したのは、偶然の産物だった。高校入学時、部活選びに迷っていたという髙橋君。応援団の顧問を務めていた当時の担任のすすめで、応援団の体験入部に参加してみたという。もともと本気で入部するつもりはなかった髙橋君だが、練習場所に行ってみると見知った顔があった。

「そこに矢部君がいたんです(笑)。実は彼とは小学校、中学校と一緒の学校に通っていて、高校もたまたま一緒でした。一人だったら心細かったですが、彼がいれば頼もしいなと思って入部を決めました」(髙橋君)。大好きなサッカーにかかわりたくて、先に入部していた矢部君。今後3年間をともにする二人の出会いだった。

ケンカ乗り越え絆深めた

いわばコンビともいえる矢部君と髙橋君。密度の濃い時間をともにしていたからこそ、困難もともに乗り越えられた。「高1の頃、壮行会で披露する応援の振りを引退した3年生の先輩に見ていただく機会がありました。僕自身は完璧にできていると思っていたんですが、周りから見ると全然できていなくて。先輩から受けた指摘を受け入れられず、結局ケンカしてしまって、先輩方は帰ってしまったんです」(髙橋君)。

それでも矢部君は髙橋君にダメ出しを続けた。「ダメなものはダメ!できてないから」。その日の練習は夜まで続いた。ついに髙橋君も矢部君の熱意に根負けし、指摘を受け入れた。一から練習に打ち込んだおかげで、壮行会の応援は成功に終わったという。「もちろん壮行会や大会の応援も思い出に残っていますが、彼と練習とともにした日々が僕の一番の思い出です」と髙橋君は3年間を振り返る。

人数の少なさを馬鹿にされたことも

応援団として最後の応援は、3年生の夏に行われた野球の大会だった。下級生の間は先輩を応援することになるが、この大会は同級生の友人たちを応援できた。「ベンチ外の選手たちと一緒に練習をして、大会に臨んでいました。同い年の仲間と汗を流しながらやっていたので、やっぱり思いはあります」(矢部君)。結果は2回戦負けだったが、コミュニケーションを前提にした彼らの応援スタイルの集大成となる大会だった。

「二人だけの応援団なので、『あの応援団、あの人数でやってるよ』と馬鹿にされたり、周りから野次を飛ばされたりということはありました。でも応援団だったからできた友達や築けた信頼関係、出会いなどは宝物です」(矢部君)

商店街のイベントで応援を披露する二人

一観客として観た準決勝

苦楽をともにした二人は3年生の夏に引退。後輩に応援団を託した。その後行われた全国高校サッカー選手権大会は、一観客として試合を見守った。その感想を矢部君と髙橋君はこう語る。

「サッカーが大好きだったので、単純に試合として熱くなれました。その一方で僕らも学ランを着て、最前列で応援したかったという思いはありました。後輩たちはこの大舞台での経験を糧に、より良い応援をしていってほしいですね」(矢部君)

「周りの人たちが赤いメガホンを振り回して応援している姿は圧巻でした。僕らはこの大観衆の前に陣取って応援していたかと思うと、変な感じがして新鮮でした」(髙橋君)

小中高と同じ釜の飯を食ってきた二人も、春からは別々の道を歩むことになる。矢部君は看護系の専門学校、髙橋君は大学進学と進路が決まっているそうだ。

「辛いことも楽しいことも一緒に乗り越えてきたので、『本当にありがとう、お疲れさま』という気持ちです」(矢部君)

「折れずに最後まであきらめずに付き合ってくれて感謝の気持ちだけですね」(髙橋君)

ひょんなことから応援団に入部した二人。さまざまな経験を経て、知らず知らずのうちに固い絆が生まれた。「これから先就職とかがあって、厳しいことがたくさんあると思いますが、互いに頑張っていきたいです」(矢部君)。「ごはん行ったりとかね(笑)」(髙橋君)

今後は一人の友達として、互いに“エール”を送っていくことだろう。