若くして社会の第一線で活躍する人に、仕事にまつわるリアルな体験談を聞くこの連載。第1回となる今回は、女子中高生の愛用者が多い「イケメンノート」の考案者、デザイナーの目黒理加さんに話を聞いた。新卒で入った会社が「ブラック企業」だったという彼女(現在3社目)は、多くの逆境をどう乗り越えてきたのだろうか。(文・写真 山川俊行)

今回取材した、三修印刷株式会社のデザイナー・目黒理加さん

絵を描く仕事に就きたかった。でも高校生の頃には早々に見切りをつけましたーー。東京・板橋区の印刷会社「三修印刷」に勤めるデザイナーの目黒理加さんは、遠くの一点を見つめながら高校時代をそう振り返った。

目黒さんは、グラフィックデザイナーとして企業の広報紙やチラシを制作する傍ら、乙女系文房具「イケメンノート」を考案した。イケメンノートは、ページをめくるたびに5人のイケメンが入れ替わりで登場し、その筋の女子ならキュンとくる励ましのコメントを投げかけてくれるという商品。ターゲットを振り切ったことが奏功し、テレビやラジオにも取り上げられるほどの大きな注目を集めている。

27歳にしてヒット商品を生み出した目黒さんだが、これまでのキャリアは順風満帆とはいかなかったようだ。1社目に勤めたのは完全なるブラック企業、背水の陣で臨んだ2社目では小さなミスから叱責の嵐。そして、冒頭でも触れた夢破れた高校時代。目黒さんはいかにして困難に立ち向かい、イケメンノートの発案までたどり着いたのだろうか。

夢を諦めた高校時代

ーーデザイナーとして活躍されている目黒さん。小さい頃からの夢だったんですか?

「いえいえ、デザイナーになりたいと思ったのは高校生の頃です。それまでは絵を描く仕事がしたいと漠然と思っていました。でも私が所属していた美術部に自分より絵が上手い人とか、絵に対する姿勢が根本的に違う人を何人も見るようになって。その人たちと比べると、自分には伸びしろがないなと。それでも絵を描くことは好きだったので、それを生かせる別の仕事をしようと決めたんです」

自作の漫画を雑誌に掲載してもらったこともあるが、所詮はそこ止まりだと認識したという

ーーデザイナーで食べていきたいというのは明確な意思だったんですか?

「実はそうでもなかったんです。高校卒業後、地元のデザインの専門学校に入学したんですが、学校での私の立ち位置としては、意識が高い生徒とモラトリアムを満喫しに来ている生徒のちょうど中間あたり。挫折した経験も特にありませんでした。在学中に応募したユニクロ主催の『カンヌ国際広告祭』のTシャツグランプリでは、世界第2位に入賞したんですが、その時の作品は夕方の時代劇番組を見ながら仕上げたもので……。すさまじい努力をしたわけではないんですよ」

新卒でブラック企業に 給料は一回も出ず

――そう考えると、専門学校時代は万事順調に見えますね。

「ここからが大変でした。卒業後、東京にある地方創生事業を行っているベンチャー企業にウェブデザイナーとして就職したんですが、実は給料が一回も出なくて。しかも、就職の約1カ月前に発生した東日本大震災の影響で、街も大きな被害を受けていましたし、上京早々手痛い洗礼を浴びちゃいました」

――出鼻をくじかれた格好ですね……。

イケメンノートを片手にインタビューに答える目黒さん

「入社してすぐに先輩社員から『この会社、危ないよ』とは言われていて、何が危ないのかと思っていたらそういうことかと。結局、3カ月で辞めました。辞める時に給料の代わりに野菜ジュースをもたされそうになったのは、今となってはいい思い出です」

――全く補い切れてないです(笑)。

転職のたびに徐々に色が薄まる?

ーー2社目はどうだったんですか?

「入社したのは、(東京の)神保町にある漫画雑誌のデザイン会社でした。同僚に優秀な子が多かったり、上司から仕事のミスをよく注意されたりと、最初の1年ほどは、仕事量の多さも相まってだいぶ追い詰められていました」

――その状況に対してどうやって対応を?

「気持ちにゆとりを持つようにしました。冷静でいればできる仕事なのに、急いで終わらせようとして確認が疎かになりミスをしてしまう。そうすると上司にこっぴどく叱られて、だんだんと萎縮する。そのループに入っているってことに気が付くことができたんです。なので、良い意味で開き直るように意識したら、だんだんと楽になってきましたね。そこで4年間働いて、様々な経験をさせていただきました」

電話も苦手、コミュ力も低い。だけど……

―ーそして一昨年、三修印刷に転職され、今年「イケメンノート」が話題を集めたのは多くの人がすでに知るところです。これまでデザイナ-の仕事をやってきて、意識してやってきたことはなんですか?

「確認を丁寧にすることです。デザイナーにはつきものなんですが、誤植や制作物のサイズ間違いって、だいたいは確認不足によって起こってしまうミスなんです。私、コミュニケーション能力は低いし、電話も苦手だし(笑)、あらゆることで全体的にレベルが足りてないと思ってきたんですけど、確認を徹底すれば防げるミスがあると思ったんです」

三修印刷の面接を受けた際、配属部署のメンバーたちとしっかり話ができたことが入社を決めた理由だと明かす

――自分のミスを分析してみるというのは大事なんですね。

「あとは自分の強みを認識することも大切。私のそれは発想力と着眼点だと思っているんですね。他方で、ほかの人が考えないことや、世の中の流れに疑問を持つことがデザインの基本でもあります。そういう意味で、今回のイケメンノートは“人を選ぶ”ノートにしました」

――人を選ぶ?

「そうです。お店の文房具売り場に行くと、使いやすいものや誰でも使える無難なデザインのものであふれ返っています。だから、普段買わない人をターゲットにすれば、普段文房具お店に行かないでも売り場に足を運んでくれるのではと思ったんです。イケメンノートはその狙いが上手くハマりました」

苛烈な新入社員時代を送ってきた目黒さんだが、「紆余曲折を経たというか、まだ紆余ぐらいです(笑)」と話す。どんな時もめげずに努力できたのは、「デザインで人を喜ばせたい」という強い思いがあったからだ。

剣呑と生きてきた一人の学生が、社会に出て自分と向き合い、仕事人として成長していく。目黒さんのお話には、そんなリアルな成長記録があったように思えた。

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