藤原和博さんは、リクルート社で営業や出版社の創業などを手掛けた後、中学・高校の校長を務めた異色のキャリアで知られる。これまで3000冊以上の本を読み、仕事に生かしてきたという。高校生に向けて、そもそも読書でどんな力が身に付くのかを聞いた。(野口涼)=4回連載

ふじはら・かずひろ 教育改革実践家。東京大学経済学部卒業後、リクルート入社。メディアファクトリー(出版社)の創業などを手掛けた。杉並区立和田中学校や奈良市立一条高校で校長を務めた。「本を読む人だけが手にするもの」(日本実業出版社)など著書多数。

読書しないと「会話できない」

――高校生の頃から読書をしていたのですか?

いいえ、成長期に読書習慣がつかず、中高生のころはまったく読書はしませんでした。大学に入ってからも読むのは授業で使う教科書くらいでした。

大学3年生になったある日、先輩のマンションに遊びに行った時のことです。本棚にあったビジネス書の数々が目にとまり、タイトルをメモして帰りました。大企業のコンサルタントのような格好よさを身につけていたその先輩に憧れていたからだと思います。そのときの本との出合いが、ビジネスパーソンとしての私の半生を決定づけたと言っても良いでしょう。

――先輩への憧れがきっかけだったのですね。

だからといって、それから継続的に本を読むようになったわけではありません。社会人になってからは営業の仕事に追われる日々が続き、本を読むようになったのは30代になってからです。

メディアファクトリーという出版社を立ち上げ、その経営に携わるようになり、「本を読んでいないと作家や編集者と会話ができない」と切実に感じるようになったことがきっかけです。1年に100冊以上の本を読むことを自らに課した私は、図書館で借りられるだけ本を借り、片っ端から読んでいきました。

仕事で帰りが遅くなった日も、電車のなかで本を読みふけりました。銀座で飲んで酔っぱらっている日も、本を開いて活字を追いました。座ると眠ってしまうので、電車には必ず立って乗り読書をするのが今でも習慣になっています。

――円滑に仕事をするには読書が必須だったのですね。

読み始めてからおよそ30年。だんだんと読むスピードも上がってきて、10年ほど前からは年に200冊くらいの本を読むことができています。ただし、面白くなかったら無理に最後まで読みません。合う、合わないは誰にでもあるからです。私の場合、50ページまで読んでつまらなければ迷わず読むのをやめています。

読書の楽しさを知るには、何らかのきっかけが必要です。「好きな子が読んでいたから」、そんなしょうもないことをきっかけにしたっていいのです。

30代になるまで本を読まなかった私には、高校生の皆さんに偉そうなことは言えません。というより、本を読み始めるのはいつでもかまわないと思っています。高校時代は部活に打ち込むのも、勉強に打ち込むのもいいでしょう。ただ、企業家でもプロデューサーでも、一流の人で本を読んでいない人に私は出会ったことがありません。そのことは覚えておいてほしいと思います。

読書で脳を拡張できる

――これまで数多くの書籍を読んで、改めて感じる読書の良さは何でしょうか?

本を読むことの意味は明確です。小説であれ、ノンフィクションやエッセーであれ、一冊の本には著者が長い時間をかけて調べ上げたこと、体験したことが書いてあります。人が自分一人の人生で見て経験できることには限界がありますが、読書をすることで、著者が長い時間と場合によってはたくさんのお金をかけてしたこと、考えたことをごく短時間で追体験できるのです。読書の良さは、そのことに尽きるのではないでしょうか。

すべての作品は、作家の「脳のかけら」のようなもの。作家の脳のかけらを自分の脳にブロックのようにはめ込み、拡張させていくことで、世界を広く深く知ることができるようになるのが読書の効能です。その際大切なのは、さまざまな分野の本を読むこと。いわゆる多読(たくさん読む)・乱読(さまざまな分野の本を読む)を習慣化することが、思いがけない発見や奇跡的な遭遇につながります。

すべて理解しようと気負う必要はありません。広く浅くなぞるだけでも、いつどこで何が何と結びつくかわからない。本から知識を吸収し、自らさまざまな体験を重ねることで、これからの社会で生き抜くために必要な力を身につけることができるのです。