東京大学の濱田純一総長(玉井幹郎撮影)

東京大学が2015年度から大きな教育改革を始める。全学部で4学期制を導入し、学生が海外で学びやすくするのに加え、授業の中身も変える。現在の高校2年生が受ける2016年度入試から推薦入試も初めて導入する。濱田純一総長に改革の狙いを聞いた。(聞き手・構成 西健太郎)

4学期制を導入、海外で学びやすく
 
――東大は来年度から、これまでの2学期制を改め、全学部で4学期制を導入します。どんな狙いがあるのでしょうか。
 
 4学期制は、学部教育の総合的な改革の一部として実施します。(1学期が2カ月になるので)短期集中で勉強でき、履修の方法も柔軟になります。学生の国際的な流動性を高めることも狙いです。理系学部は、6~8月の授業がなくなるので、この期間に海外の大学が開くサマースクールに参加しやすくなります。文系学部も6~7月の学期は、可能な限り柔軟性を持たせて、海外に出やすくします。また、9月が学期の始めとなることで、(9月に新学年が始まる)海外の大学に留学しやすくなります。将来「秋入学」への移行もしやすくなるでしょう。
 
 ただし、学期制を変えるだけでは効果が限られます。教育の中身を国際的に競争できる水準にするよう、教育の方法も一体で変えるのがポイントです。
 
――来年度から教育をどのように変え、学生のどんな力を伸ばそうとしているのですか。
 
 これから学生に必要なのは、一般的な知力にくわえ、表現力、行動力です。これは、国際化するといや応なく身に付けなければならないものです。英語の授業を増やしたからといって「使える英語の力」が身に付くとは限りません。自分が何を考えているかを理解し、物おじせず、たとえ間違っているかもしれなくても発言する訓練こそが必要です。そのため、(講義を一方的に聴くだけではない)双方向型の授業や少人数授業を増やします。
 
■受験勉強の価値観はリセットを
 
――濱田総長は、日本の大学も海外のような「秋入学」にすることを提唱しましたが、高校卒業から大学入学までの半年間、学生を自由にさせることを心配する声もありました。
 
 18歳にもなった若者が自分で何をするか企画を立て、自分の責任で行動することに不安をもつ社会はおかしいと思います。本当にできないのか、実証的に確かめてみよう。そう考えて昨年から東大ではFLY(フライ)プログラムを始めました。入学直後の学生が1年間、主に海外に行き、自分で選んだ社会体験活動、国際交流活動などをするものです。最初の年は11人の学生が手を挙げ、見事に成長しました。
 
 そこで学生は、受験勉強で得た知識と現地で見たことの差を知ります。また、受験勉強では「間違えてはいけない」「失敗してはいけない」という思考パターンになりがちですが、ここでは失敗もし、そこから立ち直る経験もする。失敗への恐怖感からふっきれるのです。
 
――今の学生に受験勉強の悪い影響があると感じていますか。
 
 誤解されがちですが、1点差を競う試験は大事です。スポーツと同じで、1点単位の点数をぎりぎりまで追い求めて勉強することで、自分の力を振り絞ることができます。ただし、点数だけが価値だと考えてしまうのはまずい。一つの尺度だけが大切と思ってしまう、答えが必ずあるはずだと思ってしまう危険があります。世の中に出たら、いろいろな尺度があります。点数が高いだけでは幸せになれません。また、大学の勉強は、高校までと違って一つの正解があるわけではありません。学生が将来、本当に幸せになるには、大学に入った時点で考え方を一度リセットした方がよい。
 
 ただし、東大は(専門学部を決める際に教養課程の点数で選抜される)進学振り分け制度があります。入学しても点数至上主義になりかねない。この制度も是正しようとしています。
 
■秋入学を引き続き推進する
 
――東大は秋入学の導入をいったん見送り、4学期制を導入しました。今後も秋入学を目指すのですか。
 
 秋入学の拡充と推進に引き続き取り組みます。学事暦を海外と完全に合わせたほうが、制度的にも、意識の持ち方の面でも望ましい。「日本は特別」と思っていると、グローバル化の時代にスムーズに対応できません。これから高校生も海外の大学に出ていく可能性がある。米国だけでなく中国の大学に行くことも当たり前になるかもしれない。海外の多くは秋入学です。日本の大学は、海外と同じ学事暦を採用して、良い学生を採る競争をすることを考えたほうがよい。いずれ日本も秋入学になるでしょう。
 
 秋入学は、「社会の在り方を考え直そう」という構想でもあったつもりです。(高校入学から大学入学までの)「ギャップターム」に(大学の外で)いろんな経験をさせようと提案すると、「全大学が取り入れたら、社会が対応できないでしょう」と言われる。でも、むしろ、そんなことを当然として受け入れる社会であってもよいのではないか。そうなれば、若い人がもっとたくましくなる。大学と学生だけでなく、より望ましい社会の在り方まで考えないと、若い人を育てることはなかなかできません。
 
■失敗を恐れずタフに議論を
 
――濱田総長は、学生を「タフに、グローバルに」育てることを掲げてきました。
 
 タフとは、いわば「しつこくチャレンジする力」です。失敗することがあっても、正しいと思うことを粘り強くやる。難しい課題でも諦めない。研究者は、知的な好奇心をもって、タフに研究テーマに取り組みます。同様に、仕事や社会的な活動をするときにも、諦めずに、人と粘り強く議論することが大事です。タフとほぼ一体なのが「グローバル」です。グローバルであることでタフさが鍛えられますし、グローバルであるためにはタフでなければいけない。
 
――「グローバル」とは海外に出ることですか。
 
 海外の人と一緒に何かをすることだけではありません。グローバルの本質的な意味は、自分とは違った生き方、考え方や価値観にぶつかっていく、そして、自分の中に世界がもっている多様性を取り込んでいくことにあります。
 
 グローバルな経験をし、日本社会の中でそれを生かして活躍する道もあります。自分が生きてきた社会の中だけにとどまると、思考の道具が限られます。日本国内の課題にぶつかっていくときも、グローバルな経験をしておくことで、思考の引き出しが増えるのです。
 
――高校時代の過ごし方もこれまでとは変えてほしいですか。
 
 高校生は知識を身に付け、論理的な思考力も鍛えないといけない。時間はきついと思います。もし時間がないのなら、まずは、教科書的な勉強とそれを応用する勉強を基本としてしっかりやってほしい。それは単に知識を増やすだけではなく、思考の訓練にもなります。これは大学での勉学の基礎になります。その上で、余裕のある高校生には社会経験や旅行、できれば留学など、自分が生きてきた世界を広げるきっかけをつくってもらえるとよいと思います。
 
 大学に入れば世界が広がるし、自分の力ももっと見えてくる。今は足元の勉強をしっかりやってほしいということです。
 
■推薦入試は高校へのメッセージ
 
――東大が2016年度入試から推薦入試を導入するのはなぜですか。
 
 学生を多様化するためです。良い問題にぶつかって点数を追い求めることは大事で、ペーパーテストを維持する必要がありますが、点数だけで選抜することの限界もあります。違う尺度で選抜をしたとき、どのような学生が来てくれるかという期待があります。もちろん、推薦入学者も、基本として高校でしっかりした勉強をしてきてもらう必要はあります。
 
――各学部の選考基準は、専門学部の勉強への資質を重視していますね。
 
 東大が推薦入試で重視しているのは、入学した学生を大学でどう伸ばせるかということです。「一芸入試」で入学させても、その学生を伸ばす力を東大が持っていなければ、かわいそうなことになる。天才とまでは言わなくても、(専門分野で)傑出した才能をもっている学生を受け入れれば、東大で伸ばすことができる。そう考えて、専門的特性を重視しています。
 
 学部ごとに面接の方法も違います。各学部は、非常に真剣にどんな学生を求めるかを考えています。最初は選考に苦労するでしょう。しかし、東大が求める学生とはどのような学生かをより明確にすることができる。受験生が思いもかけない能力をもっていることを見つけることもできると期待しています。
 
――推薦入試の方針として、高校との連携を重視するとしています。
 
 推薦入試は、大学から高校への「点数だけでなく、能力、意欲なども幅広く見極めて生徒を育ててください」というメッセージでもあります。また、高校では(生徒が自分で課題を見つけて探求する)総合学習や、学校によっては、より自由な勉強をさせているところもある。そういう学習を大学として受け止めることもできる。東大の推薦入試に合格することだけを目的とした勉強を高校生がすることは、おそらくない。むしろ、高校生がもっている能力や意欲が素直に出た高校時代の活動が先にあって、それが結果として推薦入試で受け入れられるという形になるでしょう。

東京大学の濱田純一総長(玉井幹郎撮影)

 
(プロフィール) はまだ・じゅんいち 1950年生まれ。東京大学法学部卒業。法学博士。専門は情報法。東大社会情報研究所教授、同大学院情報学環長、理事・副学長などを経て、2009年から第29代総長。任期は15年3月まで。近著に『東京大学 知の森が動く』『東京大学 世界の知の拠点へ』