優秀賞

釣り針がないと魚は釣れない

関西学院千里国際高等部 1年 藤戸 美妃

 

私には幼い頃から「貧困社会の解決」に貢献したい、という夢がある。

しかしこれまで一度も国際協力への募金をした試しがなかった。身近な国際貢献かもしれないが、私はこの物的援助が真の国際協力だとは思っていなかった。

「魚を釣ってやるより釣り方を教える方が大事」という言葉通り、貧しい人々にお金を通じて物資を提供しても、それは一時的な問題解決に過ぎず、長期的に見ると貧困問題解決には繋がらないと思っていたからだ。

そこで私はこの夏「魚の釣り方を教える事」に携わりたく思い、タンザニア連合共和国に公衆衛生のボランティアに行った。無料医療クリニックで医師が処方した薬を患者に渡す活動を主にしていたのだが、ある日の活動の合間、私は突然これまでの物的支援についての考え方を180度変えられる事となった。

その日、私は、医師がある女性の診察を行う様子を見させてもらっていた。最初はいつも通りだったのだが、しばらくすると破れた服を着た彼女の症状を見て彼は「前も近くの病院で診察を受けたよね?」と質問した。すると彼女はまるで何かの罪を犯したかのように静かに下を向いた。どうやら彼女は以前にも他の病院で彼の診察を受けていたようだった。

しかしそこでは無料で診察し、服用すべき薬を教えてはくれるものの、処方薬自体は自費で購入しなければならない。貧困家庭で育った彼女は、薬を買うまでの金銭的余裕がなかった。その結果、薬も無料で処方する、私が活動していた無料医療クリニックを再び訪れたのだ。しかし彼女の容態は以前より悪化しており、薬だけでは治らない深刻な状況になっていた。更に驚くべき事に、同じ状況下で診療所に訪れた人々は決して彼女だけではなかった。

活動後、医師は私達にこう言った。

「意地悪になろうとしている訳じゃないけど、君たちの支援は私達を更なる困難に立ち向かわざるを得なくするのだよ。」今日こうして無料で薬を配布すると、明日その事を知った多くの住民が診療所に訪れるが、薬の量や種類は限られているので、診察は可能でも薬が提供できなくなってしまうそうだ。

私はこの経験と彼の言葉を聞いて、初めて物的支援の必要性を感じた。もちろん現地でお世話になった医師のように無償で病気の診断や処方箋を書いてくれる人は大切だ。しかし、もしもそれでも薬が不足して提供できなかったら、彼の無料診察の優しさは水の泡となってしまう上、患者の症状が更に悪化してしまう。

「魚を釣ってやるより釣り方を教える方が大事」だと思ってきた私だったが、この夏、日本では決して目にしない光景を目にし、「釣り方を教えても、釣り針がないと彼らは魚を釣れない」事に気がついた。そしてその重要な「釣り針」の役割を担っているのが物的援助なのだ。

今、世界は持続可能な開発目標の達成に向けて動いている。これらの目標の中にも、私が活動していた医療現場のように物的援助が足りていない分野が多く存在すると思う。人的支援はボランティアを通じて賄えても、物的支援は多くの人々の協力がないと達成されない。そんな中、募金は現地に行かなくても物資援助を可能にする素晴らしい手段だと感じた。これこそが我々一人一人が無理なく未来の地球のために行える最大の支援だと思う。

当たり前の事のようだが、私達個々が物的援助がいかに重要かを知り、自分が役立とうと思う分野に少しでも募金する事がSDGsを達成するために今最も求められている行動なのではないだろうか。

私は今でもこの夏、目にした現実と、お世話になった医師の言葉が忘れられない。彼から教わった問題解決のためにも、「貧困社会改善」という自分の夢のためにも、私はこれから「釣り針」を提供する大切な役割を果たせるような人になりたい。

 

 

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