「描きたいのは生きる力」 筆ペンで独自のアートを生み出す高校生 川本杜彦君に聞く

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川本杜彦君(2016年2月、麻布高校の個展会場)

川本杜彦君(2016年2月、麻布高校の個展会場)

 筆ペンで独自のアートを生み出し、学校で2度個展を開催した川本杜彦(もりひこ)君(東京・麻布高校3年)。2月に開催した個展「描きたいのは生きる力」で原画とパソコンで着色した作品、計12点を観させてもらった後、絵にこめる思いを聞いた。(安永美穂)

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■意識失った恐怖から逃れようと描きつづけた

――絵を描き始めたきっかけは?

 中学3年の時、試験中に意識を失くしたことがあり、その後から描き始めました。意識を失くしたのは首を痛めていたことが原因だったのですが、「死にかけたのか?」という恐怖感が募り、何かにすがりたい気持ちがあったのだと思います。自宅にあった筆ペンがたまたま目に留まり、プリントの裏に絵を描いてみると、その時間だけは恐怖から逃れることができて、それからは夢中で描くようになりました。

――個展を開くことになった経緯は?

 はじめはプリントの裏に描いた絵を家族や友人に見せていただけだったのですが、母からスケッチブックに描きためるようアドバイスを受けてからは、自分の絵を「作品」として意識するようになりました。そのスケッチブックを司書の先生に見せたところ、「展示する?」の一言で図書館前のギャラリーを使わせてもらえることになり、高校1年生の秋に最初の個展を開きました。

――今回は2度目の個展ですが、前回との違いはありますか。

 筆ペンで描くだけではなく、その絵をスキャンしてパソコンで色をつけた作品も創るようになりました。色をつけることで表現の選択肢を増やすのは、僕にとっては大きなチャレンジでした。

川本君の作品「足跡」。右端が原画、色のついた3枚は、作品をスキャンし、パソコンで着色したデータをパネルに印刷した

川本君の作品「足跡」。右端が原画、色のついた3枚は、作品をスキャンし、パソコンで着色したデータをパネルに印刷した

■傷ついた自分 描き残せるのは今しかなかった

――この個展のために描いた絵に「死さえ愛」という題をつけた理由は?

 個展の準備を進めている時期に、母と家で話をしていて「自分って愛されていると思う?」と聞かれたことがありました。「うん。そう思う。何より自然に愛されている気がする」。僕はそう答えたのですが、それに続けて「でも人はいつ死ぬか分からない」とも言いました。「でも、死さえ愛」。そんな言葉がなぜか浮かんできて、心の中にずっと残っていたんです。

――その言葉が絵に結びついたのでしょうか。

 はい。そのときはただそんな会話をしただけだったのですが、その数日後に、かつて自分の絵を見に来てくれた人が亡くなったことを知りました。その人が書いてくれた「川本さんの作品を初めて間近で見てものすごく感激しました」というメッセージを読み返したら、涙が止まらなくなってしまって。その人が僕の絵から何を感じ取ってくれたのかは、今となってはわかりません。それなら僕は何のために絵を描いているのだろう。そんな思いが巡る中、「死さえ愛」の絵を描き始めました。その人の死を弔うためといった美しい理由ではなく、ただ自分が強く傷ついていることを感じ、その様を描き残せるのは今しかないと思ったからです。

――この絵を描きながら、どんなことを感じましたか。

 絵の中で、生死の境にするつもりで一本の長い横線を描きました。でも描き進めていくうちに、絵はその線で上下に区切られることなく自由に広がっていきました。死を描くつもりでいたのですが、生の流れを断ち切ることはできなかった。僕はなんとかして紙の上に生きる力を描き残そうとしているんだと気づきました。

PTA会報の表紙絵の依頼を受けて描いた作品「光」とその原画

PTA会報の表紙絵の依頼を受けて描いた作品「光」とその原画

■「生きるエネルギー」描きたいと思うようになった

――個展では、それぞれの絵に詩が添えられていました。

 何が心に響くかは人によって違い、「原画がよかった」と言う人もいれば、「詩に共感できた」と言う人もいます。僕は具象的なものを描くわけではないので、僕の絵や詩からどんなことを感じ取ってもらえたのかを聞き、それぞれの人の感性に触れられるときが楽しいです。

――描き始めたころと比べて、絵にこめる思いに変化は?

 意識を失って間もないころに描いた絵には「圧」と呼べるような力強さがあったのですが、体調がよくなるにつれて、自分の絵が軽くなってきたように感じて悩みました。心に迫るものがある絵を描くには、自分を逆境に追い込む必要があるんじゃないかと。でも、これまで幸せに生きてきてしまった僕が抱えている負のエネルギーなど、本当の苦しみに直面している人から見ればたかが知れていて、そこで勝負できるわけがない。それならば逆に、これまで僕が豊かな自然の中で過ごしたり、さまざまな人と関係性を築いたりする中で受け取ってきた、まぶしいくらいの生きるエネルギーを描きたい。そう思うようになりました。

右端は、イベントで知り合ったアーティストが描いた川本君の横顔。作品「玉響」は、管弦楽部の演奏会のために描いた。カラーの絵をプリントしたトートバッグを販売もした

右端は、イベントで知り合ったアーティストが描いた川本君の横顔。作品「玉響」は、管弦楽部の演奏会のために描いた。カラーの絵をプリントしたトートバッグを販売もした

■自分の感性に正直に、内面を深めていきたい

――これまでに校内で管弦楽部の演奏会ポスターやPTA会報の表紙などの絵を手がけるほか、校外のアートプロジェクトにも出展しました。

 高校にはただ絵を認めてくれるというだけではなく、お互いの哲学を熱く語り合える仲間がいます。アートプロジェクトではプロのアーティストと交流する機会もあり、「原画を購入したい」と言ってくださる人との出会いもありました。クリエイティビィティーあふれる人たちとの時間はとても刺激的で、よい意味で背伸びをさせてもらったように思います。でも今は、たくさんの人に作品を見てほしいというよりは、もっと自分の内面を深めていきたいという気持ちの方が強いです。

――「内面を深める」とは?

 日々の生活の中で「いいな」と思ったものや気になったこと、そういうささいな発見をないがしろにせず、しっかり向き合っていきたいなと。自分の持ち物に関しても、以前は特にこだわりはなかったのですが、今は「この形が好きなんだ」といった自分の感性に正直でありたいと思います。絵は自分を表現する一つの手段でしかなくて、結局は「自分はどんな人間か」ということが投影されてしまうので、その核となる自分自身と向き合い、もっと深めていく必要があると感じています。

――川本君にとって、絵を描くとはどんなことですか。

 僕は絵のテクニックを学んだことはなく、描くうちに絵が「現れる」という感覚に近いです。描いている時は、自分の奥底から喜びやエネルギーがわきあがってくるのを感じます。絵がどこか窮屈になってしまう時は、意識していなかったけれど実は落ち込んでいたというように、描くことで自分の感情が浮かび上がってくることもあります。これからいろいろな経験をしていく中で、その時々の自分に何が描けるのかを知りたいですね。それが「僕は何のために絵を描くのか」という意味を創り上げていくことでもあると思うので、絵はずっと描き続けていくつもりです。

(高校生新聞オンライン 2016年6月16日更新)

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